FREEJIA投稿小説
[リストに戻る] [ホームに戻る] [新規投稿] [スレッド表示] [トピック表示] [留意事項] [ワード検索] [管理用]
タイトル遠きまだ見ぬ空の歌(後編)
投稿日: 2006/11/27(Mon) 15:09
投稿者氷雨

ゥオオォォンッ!!

 鼓膜をびりびりと震わせる咆哮は、すぐ近くから聞こえ──
「飛べ、イーサ!!」
 叫ぶと同時、ユウは自分も大きく後方へ跳ぶ。次の瞬間、

 ズドッ!!

 一瞬前までユウがいた地面が盛り上がり、そこから大人の腕ほどもある太さの木の根っこが
凄まじい速さで飛び出した。
「はっ!」
 一刀の下にその根を切り伏せると、ユウは体勢を立て直す。
「なんだ、こいつは……」
 上空へと退避したイーサはユウの隣に滞空すると、訝しげに呟いた。
 その眼前に、森の奥から大きな影が姿を現す。
「……ダーク・トレント。魔の気にあてられた木の化け物だ。とりあえず、厄介な点は二つ。
 一つは、本体の動きは遅いけど枝や根っこによる攻撃は変幻自在で動きも速いってこと。
 もう一つは──」

 ザッ!

 言葉の途中で、ユウはいきなりその影──幹に顔を持つ大木の魔獣に向かって駆け出した。
 迎え撃つように飛来してくる枝や根をすべて舞うようにすれすれでかいくぐり、ちょうど顔の
部分に向けて剣を振りかぶり、振り下ろす。
 ──しかし、

 ガンッ!

 固いものが衝突しあう音がしただけで、剣は幹を多少抉っただけで止められていた。
「チッ、やっぱダメか」
 ユウは舌打ちして剣をひき、後退しようとする。
 ──が、それに合わせてその背後からユウの背を貫かんと槍のように木の根が突き出した。
「! ユウ、後ろだ!!」
 イーサが気付き叫ぶも、その「槍」はユウの背中を易々と貫く。
 ──はずだった。
「へっ、あっま〜い」
 軽く身を沈め、タンッという軽い音とともにユウは地を蹴った。
 バク宙の要領でひらりと宙を舞って「槍」をかわし、着地ざまその根を一閃する。
 ──まるで軽業師のような身のこなしは、ユウ自身の機動性と最小限にまで削ぎ落とした装備
ゆえのものだ。この魔獣を相手するにあたり、ユウは「防御」することより「回避」に重きを
置いて装備を整えた。魔獣の一撃は、どれもまともに受けた時点で致命傷になりうるからだ。
「その程度で俺を捕らえようなんて、1012億とんで4年早ェんだよ!」
 高らかにそう宣言すると、ユウはさらに間合いを離してイーサに近づいた。
「……とまあ、二つ目は本体はメチャメチャ固いから生半可な攻撃は効かない、ってことだな」
「…………」
 魔獣を睨んだままそう続けたユウに、イーサは呆気にとられたように黙り込んだ。
「そんな訳で、ここは一発どかんと大技でも食らわさないことには──ん? どうした?」
 ようやくイーサが固まっていることに気付いたらしく、ユウは話を中断して問いかける。
「ど、どうしたって……わざわざ私に説明するために、ヤツに斬りかかったのか?」
「いや……それもあるけど、もしかしたら効くかな〜とか思ってよ。やっぱダメだったけど」
 問い返すイーサに、ユウはやはりさらりと答えた。
 ──ユウは機動性においては目を見張るものがあるが、いかんせん一撃が「軽い」。
 技を使うにしても、片手で繰り出す技の威力など高が知れている。
「ま、まあとりあえずヤツの特徴は分かった。どう倒すつもりだ」
「そこなんだよなぁ……正直、片手が使えない今の俺の腕力じゃ傷をつけるのがやっと。
 かといって、持久戦に持ち込んでもこっちが先に消耗するのは目に見えてらぁ」
 間断的に襲い来る根や枝を避け、あるいは切り払いつつユウは息さえ切らさずぼやいた。
 ──だが、それも時間の問題だ。
「木だけに火には弱いだろうけど、こんな森の中でヤツが燃えるくらいの火を使ったら……」
「周りに燃え移ってこちらも蒸し焼きになる、か。正に八方塞がりだな」
「ンな、あっさり言いきらねえでイーサもなんか考えてく──おわぁっ!?」
 一瞬、言い合いに気をとられた隙に後ろから忍び寄っていた根がユウの右腕に巻きつき、
ユウの体を持ち上げた。
「げっ、しまっ──!」
 回避することも、剣さえも封じられて焦るユウの眼前に、鋭い枝の先端が迫る。
(やられる──!)
 息を呑み、次の衝撃を覚悟するユウの視界の端に──二つの「光」が走った。

 ザンッ!

 一つの光はユウに迫っていた枝を。もう一つの光はユウの腕に巻きついていた根を両断する。
「ユウしゃん! 大丈夫ダニか!?」
 枝を切り落とした光──淡いピンク色の毛並みを持つ猫は華麗に着地すると、人間の言葉で
そう叫んだ。
「おっ、ルカ! 無事だったか!」
「当たり前ダニ。やっぱりユウしゃんにはボクがいないと駄目ダニね〜」
「うるへー。そっちこそ、今迄どこほっつき歩いてたんだよっ」
 やれやれと言わんばかりの口調で言う猫の聖魔──ルカに、ユウは仏頂面で言い返す。
「ユウしゃんを探してたに決まってるダニ。──それより、そっちの聖魔しゃんは?」
「あ、ああ。こいつはイーサだ。イーサもサンキューな、助かった」
 ルカの言葉で思い出したように、ユウは腕に巻きついた根をへし折ったもう一つの光──
凄まじい勢いの水流を放った聖魔に礼を言う。
「礼には及ばん。……お前が、こいつの相棒という聖魔か」
「ルカダニ〜。相棒って言うより、お目付け役っていう方が正しいダニ。
 いっつもユウしゃんの間抜けっぷりには苦労させられてるダニよ〜」
「それは……確かに苦労しそうだな」
 妙なところで共感している聖魔二匹に、当のユウはぶるぶると体を震わせている。
「ぃやかましいっ! 誰が、間抜けでおっちょこちょいで救いようの無い馬鹿だっ!?」
「誰もそこまで言ってないダニよ……」
「ある意味、自覚がある分潔くもあるな」
 会って早々息のあった二匹の突っ込みに、ユウは「う〜」と恨めしげに唸った。
「とっ、とにかく! さっさとヤツを片付けるぞ!」
 自棄気味に言い放ち、ユウは改めて剣を構えなおす。
「片付ける、といってもな……何か良い案でもあるのか?」
「へっへ〜、火がダメなら──な。俺とルカがヤツの注意をひきつけるから、イーサはヤツの
後ろに回れ。俺の合図で、ヤツの本体にありったけの水──いや、氷のブレスをかますんだ」
「? 分かった。指示に従おう」
 不敵に笑って言うユウに、イーサは半信半疑のまま高く飛び上がった。
「おし、そんじゃ俺達も行くぞ、ルカ!」
「ボクもなんだかよく分からないけど──行くダニ!」
 吠えて駆け出すユウに続き、ルカも魔獣の前へと躍り出る。
 鞭のようにしなりながら四方八方から迫り来る枝や根を、ユウの素早い太刀行きと剣技の妙、
ルカの鋭い爪と相手を翻弄する動きとが息のあった連携で次々に切り落としていく。
「ルカ、何本切った?」
 互いに背を合わせるように立ち止まり、相手の隙を窺いながらユウはルカに尋ねる。
「ええっと……七本くらいダニ」
「へへっ、じゃあ俺の勝ちだな♪ これで──」
 不意に言葉を切り、ユウは体をコマのように反転させるとルカを真上から捕らえようと
していた二本の触手をまとめて切り払った。
「十本目だ!」
 ほとんどの枝と根を切り払い、攻撃の波が止んだ瞬間を見計らって、ユウは声を張り上げた。
「イーサ! 今だ!!」
 ユウの合図とともに、背後に回っていたイーサは大きく息を吸い込み、翼を羽ばたかせる──

 キィ──ィンッ

 甲高い空気の悲鳴とともに放たれた冷気の暴風は、見る間に魔獣の枝を、根を、幹までもを
凍らせていく。
「おっしゃあ、でかしたイーサ!」
 巨大な氷のオブジェとなりつつある魔獣に向かって正眼に剣を構えると、ユウは愛剣に気を
込めた。鋼のそれから光そのものの刃のごとく姿を変える様は、「光剣」の銘に相応しい。
 逆巻く気を纏う剣を握り締め、ユウはその「光剣」を一気に振り上げる。
「食らいやがれ化け物──天空昇!!」

 ドォォンッ!!

 光を纏い、高みへと昇る竜の角のごとく突き上げる一撃に、凍てついた魔獣の体が大きく
揺らいだ。そして、

 ……ビキッ バキバキッ──

 ユウの渾身の一撃を食らった箇所に、大きな亀裂が入ったかと思うと、そこを基点に魔獣の
全体へと波紋のように亀裂が広がっていき──

 バギィンッ!!

 轟音とともに魔獣の体が──それこそ氷塊のように──砕け、がらがらと崩れ落ちていく。
 もうもうと立ち込める砂埃の中──数秒後にはそこに大小様々な木片の山が築かれていた。
「……ぃよっしゃあぁ! ダーク・トレント撃破ってな!!」
 それを確認するや否や、ユウは高々と剣を掲げて勝利の雄叫びを上げる。
 思いもかけない魔獣の最期に呆然としていたルカやイーサも、ユウの下へと近寄った。
「す、すごいダニ、ユウしゃん!」
「確かに、見事だ。だが、いったい何故──」
 興奮してはしゃぐルカに、イーサも驚きを隠せぬ様子でユウに声をかける。
 ユウは得意げににやっと笑うと、剣を鞘に収めながら説明した。
「前に、えらい寒い地方では木が凍ることで真っ二つに割れちまう現象があるって聞いてな。
 それと同じように、ヤツを凍らせちまえば衝撃に脆くなるんじゃねえか、って睨んだんだ。
 まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったけどな〜」
「……なるほどな……凍裂、というヤツか。
 しかし、お前がそこまで頭の回るヤツだとは……私はお前を見くびっていたようだ」
 畏怖と賞賛の言葉を述べるイーサに、ユウはひらひらと手を振ってみせる。
「ま、これも水の聖魔のお前がいなきゃ出来ないやり方だったんだし。
 お前が助太刀してくれて、本当に助かった。ありがとな、イーサ」
「いや……こちらとしても、礼を言わねばならんな。
 お前がヤツを倒さなければ、たとえすぐにではなくともいずれ村に襲い掛かっていたろう」
 素直に礼を述べるイーサに、ユウは目を丸くした。
「な、なんかお前にそこまで素直に礼言われるなんて……それはそれで気持ち悪いぜぇ」
「……どういう意味だ」
 ぼそっと呟いたユウの台詞を聞きとがめ、イーサは一転してじろっとユウを睨む。
 険悪になりかけた雰囲気を察したか、ルカは慌てて二人の間に割り込んだ。
「で、でもとにかく良かったダニ。これで聖ヘレンズ城に戻れるダニね、ユウしゃん!」
 ──その一言が新たに波紋を呼ぶとは思いもせずに。
「……聖ヘレンズ……だと?」
「おわっ、馬鹿! それは──」
「えっ? えっ? ボ、ボク何かマズイこと言ったダニか?」
 訝しげに問い返すイーサと慌てたユウに咎められ、ルカは目をぱちくりさせた。
「そういえば、先程お前が使った『天空昇』という剣技……聖ヘレンズに伝わるものと聞く。
 ユウ、お前はまさか……」
(あっちゃ〜……完全にバレたな、こりゃ)
 疑惑の目を向けるイーサにユウは深い溜息を吐くと、
「……リリィや村の人達には秘密な。じゃねえと、お前が聖魔だってこともバラすぞ」
「……交換条件、か。良かろう。
 どちらにしろ、リリィに『喋るかける』つもりは今後もないからな。
 お前がただの旅の剣士ではないと知ったところで、別にどうこうするつもりもない」
 バサリ、と大きく白い翼をはためかせ、イーサは空高く舞い上がった。
「戻るのか?」
「ああ。リリィに余計な心配をかけるわけにもいかんからな」
「そっか……そうだな。リリィによろしく──って、お前がリリィに『よろしく』言うわけにも
いかねえか」
 苦笑して言うユウを、イーサは「フン」と不機嫌そうに鼻であしらう。そして、
「ユウ」
「ん?」
「彼女は、お前がまた来るのをいつまでも待ち続けるだろう」
 イーサの静かな言葉に、ユウもふと真顔になった。
「お前が嘘を吐かなければならなかった訳も──真実も。
 お前が打ち明けるのを彼女は信じて待っている」
 諭すようなイーサの台詞に、ユウはわずかに目を見開いた。
 脳裏に、最後の別れの時に彼女の顔に浮かんだ戸惑いの色がよぎる。
(……そういう、ことか……)
 やがて、ユウは根負けしたようにふっと微苦笑を浮かべると、
「……ホンット──敵わねえぜ。リリィにも。イーサ、お前にも」
 その台詞に、白い鷹はわずかに笑ったように見えた。
「──では、いずれまた会おう」
「ああ。また、な」
 別れの挨拶を交わすと、イーサは向きを変えて村の方へと一直線に飛び去っていった。


「ったく……最後の最後まで、憎ったらしい鷹だぜぇ……」
 とうに見えなくなった鷹に向けてそう呟くと、ユウは置いておいた荷物袋を担ぎ上げた。
「ほれ、俺達も帰ろうぜ。……って、何してんだルカ?」
 相棒に振り向いたユウは、そこでルカが何やら悩んでいる様子なのを見て首を傾げる。
「ユウしゃん。どうしてイーサしゃん達に聖へレンズの将軍だってこと、隠してたダニか?」
 どうやら何故ユウに咎められたのだろう、と考え込んでいたらしいルカはユウにそう尋ねた。
「あー……それな」
 ユウは歩き出しながら、その訳を話し始める。
「なんっつーか……ここら辺みたいな辺境に聖へレンズの将軍がわざわざ出向いてくるには、
何か訳があるんじゃないかって勘ぐられるのが嫌だったんだよ。
 実際、俺もあのダーク・トレント討伐の任務で来たわけだけど……まさか、近くの森にそんな
魔獣が現れた、なんて知ったら村の人間は不安がるだけだろ? 魔獣のことにはまだ気付いて
なかったみたいだしな。幸い、というかこの森にヤツ以外の魔物とかは生息してないみたい
だから、俺がヤツを倒しさえすれば、問題なかったわけだし。
 だから、そもそも将軍である事を隠して余計な詮索されないようにしたってワケ」
「そうだったダニか〜」
 ユウの後をついていきながら、ルカは納得したように頷いた。
 普段、よくふざけた言動をしているので忘れがちになるが、ユウは中々機転が利く。
 抜けているようで、抜け目ないところがあるのだ。
 しかし、長年ユウと付き合っているルカはさらに抜け目がない。
「けど、イーサしゃんにはバレてたみたいダニよ? リリィしゃんって子にも?」
「うっ……」
 ルカの鋭い突っ込みにユウは痛いところをつかれたように、呻いてたじろぐ。
「し、仕方ねえだろ。嘘吐くのは苦手なんだぜぇ?
 イーサはともかく、リリィにまでバレてたとは思わなかったけどよぉ……」
 だが改めて考えると、リリィは確かにこちらの機微を察するに長けているような節はあった。
 恐らく、嘘を吐いていることへのユウの僅かな葛藤すらも、感じ取っていたのだろう。
「ホント、ユウしゃんは爪が甘いダニ〜。
 そんなんだから、あの魔獣にも崖から突き落とされるんダニよ」
 もぐもぐと言い訳するユウに、ルカはさらに容赦ない一言を浴びせる。
「うぐ……」
 これにはユウも反論できず、落ち込んだ様子で黙り込んだ。
 その様子を見て、ルカは溜息を吐くとぽつりと付け加える。
「ホント……崖から落ちたときは、すごく心配したダニよ……」
「ルカ……」
 トーンを落として呟かれたルカの言葉に、ユウは軽く目を見張って相棒を振り向いた。
 そして、ルカが今にも泣き出しそうにしているのを見て取ると、立ち止まって屈み込み、
わしわしとその頭をなでた。
「ごめんな、心配させて」
「……まったくダニ。ユウしゃんと付き合ってると、寿命がいくら合っても足りないダニ」
 強がって減らず口を叩くルカにユウは苦笑いを浮かべると、ひょいっとルカの首根っこを
掴みあげて自分の頭の上に乗っけた。
 ──もう、この相棒と出会って十年近く経っているというのに、不思議とそんなに重さを
感じないのは、その間にそれだけ自分が成長したということなのだろうか。
 そして、その間ずっと変わらずにこの相棒は自分の側についてくれている。
 父を目の前で失った悲しみも。父の遺志を継ぐために修行に明け暮れた辛い日々も。
 乗り越えてこれたのは、いつもルカが側にいてくれたからだという事も、よく分かっている。
「だ〜から悪かったって。
 聖ヘレンズに戻ったら、好きな食いもんたらふく食わしてやるから、機嫌直せよ」
「……本当ダニか? 絶対ダニよ!」
 彼の言葉にルカはぴくっと反応すると先程までの泣き出しそうな様子はどこへやら、すこぶる
嬉しそうに念を押した。
「へいへい」
 どうやら相棒の機嫌が直ったらしい事を確認すると、ユウは再び森を抜ける道を歩き出す。
 前方から明るい光が差し込んでいる。森の出口は、もうそう遠くないだろう。
「──そういえば、イーサしゃんの言ってたリリィしゃんって、どんな人ダニ?」
 ユウの頭の上に乗っかったまま、ルカはふと思い出したように尋ねた。
「ん〜? ああ、森で俺を見つけてケガの手当てしてくれたコだよ。
 『あの』イーサの飼い主とは思えないほど、ホンット親切なコだったぜぇ」
 「あの」という部分をこれでもかという具合に強調して言うユウに、ルカは「ふ〜ん」と
意味ありげに頷くと、
「ユウしゃん……よっぽど、そのリリィしゃんのことが気になってるんダニね〜」
「なっ──た、確かにちょっと可愛いな〜とか思ったけど、それだけだぞ。ホントだぞ」
(……それを気になってるっていうんダニ……)
 口に出して突っ込むとユウがさらにムキになることは分かりきっていたので、ルカはその
突っ込みを胸中にとどめておいた。
 今はユウの顔は見えないが、恐らく朱が差しているに違いない。
 一方、ルカの予想通り、真っ赤な顔でルカの言葉を否定したユウは、ふと真面目な顔になると
言葉を続けた。
「それに……リリィは、さ。目が、あんま見えてないらしいんだ」
「え? でも、ユウしゃんのケガの手当てをしてくれたのは、そのリリィしゃんじゃあ?」
 「ああ。そこが、すげえって思ったんだけど──目が見えないからどうだって話じゃなくて、
当然のことみたいに俺のケガの手当てしてくれたりとか、村の子供の世話見たりとかしててよ。
 それに……もっと世界の色々な事を知りたい、ってことも話してくれたんだ。
 自分は、村とこの森のことしか知らないから、ってよ。だから──」
 そこまで語ってから、ユウは急に強くなった日差しに目を細めた。
 頭上を、そして周囲を覆い尽くしていた深緑が途切れ、燦々と降り注ぐ陽光が視界を白く染める。
 徐々に慣れてくる視界に──広大な草原の新緑、どこまでも続く蒼穹が映った。
「約束、したんだ。また、会いに来る──その時は、また色々な話を聞かせてやるって、さ」
 彼女の言っていた外の「世界」には、彼女自身も知らない──想像もつかないモノがそれこそ
星の数ほどあるだろう。リリィ自身も言っていたように、確かにそこに踏み出すには勇気がいる
かもしれない。元来、人間という生き物は、特に「未知」のものを恐れるように出来ている。
 だが、同時に人間という生き物は──「未知」を恐れるだけで終わるようには出来ていない。
『私は、もっと世界の色々なことを知りたい──』
 そう胸の内を語ったリリィの真摯な表情に垣間見えた、強い意志を──彼は知っている。
 彼女自身は自分に勇気が足りないと言っていたが、そんなことはないとユウは思っていた。
(リリィは、もう自分の作っていた「壁」の向こうの「世界」に、ちゃんと目を向けてた。
 あとは……「きっかけ」、だよな)
 自分が世界を回る内に知りえた話をすることが、彼女の決意のきっかけとなるのであれば。
 かつて、幼い身で故郷を離れる時に似たような迷いを抱いた自分としては、これほど嬉しい
ことはない。
「まあ……助けてくれたリリィに俺が出来ることといえば、そんくらいだし?
 幸い、話すネタには困らねえからな〜、俺の場合」
 ユウは口調をいつもの軽い調子に戻し、うんうんと一人頷いた。
「そうダニね。ボクも、そのリリィしゃんに会ってみたいダニ!」
 ユウの言葉に、ルカも乗り気な様子で同意する。
「おっし! 決まり、だな♪」
 ユウは明るい笑顔で話を纏めると、ルカが落ちないように気をつけながら空を見上げた。
 蒼穹に輝く太陽は、朝見たときより高く天へと昇っている。
 ──そうだ。この空も、村で見た空も。リリィが、あるいはユウ自身も知らない地の空さえも。
すべては、繋がっている。
 彼女もそう遠くない未来に、自分の力で知ることになるだろう。
(リリィが今居る「世界」も、リリィの言う外の「世界」も……結局は「一つ」だってことさ)
 たとえ、その目に映る景色は違えど。
 彼女と自分は今、同じ空の下に立っているのだという事を──。
「さ〜て、さくっと聖ヘレンズに帰るぜぇ〜!」
「帰るダニ〜!」
 再び視線を草原の先に──微かに見える街の遠景へと戻し、気合いを入れるユウにルカも
元気よく応じた。
 また、いつか──。
 あの少女に告げた、自分のその言葉まで嘘にはしたくないから。
 だから、今は目の前に続くこの道を歩いていこう。
 そして、必ず──。
 また少女の下へ訪れるその時は、今度こそ真実を話そう。

 そう固く誓い、振り仰いだ空は──
 あの少女の瞳のように、透き通るような美しい蒼だった。

- 関連ツリー

遠きまだ見ぬ空の歌(後編) - 氷雨 2006/11/27(Mon) 15:09 No.33
     └ http://fashionmodernbags.com/ - Michael Kors Handbags 2013/12/10(Tue) 22:37 No.1929


- 返信フォーム

お名前
Eメール
タイトル
メッセージ
参照先
暗証キー (英数字で8文字以内)
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
文字色