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タイトル彼と彼の接点
投稿日: 2006/11/27(Mon) 15:08
投稿者氷雨

「ヴェイク将軍!」

 南クロス大陸への遠征の任務を終え、自室に戻ろうとしていた彼はその声に呼び止められた。
 振り向いてみると、そこには精悍な──しかしどこかまだあどけなさの残る──
 顔立ちの青い髪の少年が立っていた。
 恐らく、自分を見つけて駆け寄ってきたのだろう。軽く息を弾ませている。
 彼は、その少年を知っていた。
「そんなに息を切らせてどうしたんだ、カイン? 俺に何か用が?」
「はい! その……」
 少年──カインは上がった呼吸を整えてから、彼にこう切り出した。
「ヴェイク将軍に、お伺いしたいことがあるんです。この後、お時間よろしいでしょうか?」
「俺に、聞きたいこと?」
 唐突な申し出にヴェイクは首を傾げた。しかし、真摯なカインの表情を見て、
 余程聞きたい何かでもあるのだろうと思い、ふっと微笑んで頷く。
「ああ、大丈夫だ。なら、あとで俺の自室に来るといい。そこで、話を聞こう」
「あ……ありがとうございます!」
 彼の答えにカインの表情が一転、それこそ子供のように嬉しそうな笑顔に変わった。
「では、あとで……失礼します!」
 ぺこっと頭を下げると、カインはくるりと踵を返して兵舎の方へと駆け戻っていく。
 その後ろ姿を見送りながら、彼はカインが自分に聞きたいこととは何だろう?
 ──と考えていた。
 彼自身、あの少年の名と、なぜ兵士としてこの城にいるのかは知っているが、
 今の今迄実際に話したこともあるかなしかくらいなものだ。
 まあ、将軍である自分とその自分の部下という訳でもない少年兵とでは
 接点がないのも無理はないのだが。
 そんなことを考えながら、彼もまた自室へと戻っていった。


コンコン

「空いている。入ってくれ」
 ノックの音に彼がそう応じると、僅かな軋みとともにドアが開き先程の少年が現れた。
「失礼します」
 お辞儀をしてから部屋に入ってきたカインを認めると、
 彼は読んでいた本「珍魚レギョンを食らう」を本棚に戻しつつ
 テーブルについている二脚の椅子を指し示した。
「そこに座ってくれ。どっちの椅子でもいいから」
「は、はいっ」
 ちょこんとその椅子に座ったカインはどこか落ち着かなさそうに
 きょろきょろと視線を泳がせている。
 カインの紅茶を入れてテーブルに戻ったヴェイクは、その様をみて苦笑した。
「そこまで固くなられると、まるで俺がこれから説教するみたいだな」
「あ、いや……すみませんっ」
 慌てて謝るカインにさらに苦笑を深くすると、
 彼はその前に紅茶を置いて自分ももう一脚の椅子に腰を下ろした。
「いいんだ。それに、ここに珍しい物が多いのは確かなのだし」
「?」
 どこか誇らしげに聞こえたヴェイクの台詞に今度はカインが首を傾げるが、
 ヴェイクは「いや、なんでもない」と言葉を濁した。
「……それで? 俺に聞きたいことって言うのは、何なんだ?」
「はい。あの……えっと……」
 しどろもどろに話し始めたカインだが、まだどう切り出そうか迷っているようだった。
 しばらく俯いていたかと思うと、意を決したように彼の顔を見上げ、
 先程と同じ真摯な瞳で言った。
「どうして、ヴェイク将軍は……そんなに強いんですか?」
 ようやく放たれたカインの問いに、
 自分のティーカップを口元に運ぼうとしていたヴェイクは思わず手を止め、
 目をぱちくりさせた。
 やがて、静かにティーカップを置くと、真っ直ぐにカインの目を見つめ返した。
「カインは……強くなりたいか?」
「はい!」
 何の迷いもない瞳。純真ですらある、その意志。
「そうか。君がそこまで俺を買ってくれているのは嬉しいが、
 俺は君の師匠の足元にも及ばないぞ?」
「いえ、そんなことは!──って、すみません。
 俺がそんなこと言えた立場じゃないんですが……」
 否定しようとしたカインは、しかし自分が出すぎた発言をしていると思い至ったか、
 すぐに頭を下げた。
「師匠は、俺にあなたのように強くなってほしい、と。そう、言っていました」
「…………」
「それに『お前は私だけでは駄目だ』、とも」
「? どういう意味だ?」
 黙って話の先を促していたヴェイクは、カインのその台詞の意味を掴みかねて聞き返した。
「『お前は私から学び取るだけでなく、
 もっと多くの人間から色々なことを学び取らなければいけない』。そう言われたんです」
「……なるほど」
(ジェラルド殿らしいな)
 カインの師匠──聖ヘレンズ王国最強と謳われるジェラルド・ヴァンス将軍は、
 厳しくも相手を想い接することの出来る人格者だ。
 彼自身も、その剣の腕だけではなく人柄も尊敬している人物だった。
 カインもその言葉に従い、自分の下を訪れたということなのだろう。
「それで、ようやく合点がいった。君だけでなく、
 ジェラルド殿にもそこまで買ってもらっているとは光栄だな」
 その言葉どおり、本当に嬉しそうに笑ったヴェイクにカインも少し緊張を解いた。
 その笑顔が、先程までのどこか達観したものではなく、
 人間くささがにじみ出たものだったからだろうか。
「しかし……なぜ強いのか、か……それは難しい問いだな……」
 困ったように眉根を寄せた彼は、しばし唸っていたかと思うと、
「そうだ。カイン、明日は空いているか?」
「え? あ、はい。明日は非番ですけど……」
 急に聞き返され、訳も分からずそう答えるカインに彼はにっと子供じみた笑みを浮かべた。
「よし。なら、明日良い所に連れて行ってやろう」
「え、ええっ!?」
 彼がそんな表情を──しかも、そんな提案をするとは思いもしなかったのだろう。
 今度はカインが泡を食ったような顔で叫んだ。
「で、でもヴェイク将軍!」
「大丈夫、俺も明日は休みだ。今日、遠征から戻ってきたところだしな」
「だ、だったら尚更俺なんかの為にそんな時間を取って頂いては申し訳ないです!」
 焦りまくったようにまくし立てるカインを、
 ヴェイクはその反応を楽しんでいるかのようにくすりと小さく笑ってから片手をあげて制した。
「その点については、問題ない。俺としても用事のあるところに行くのだからな。
 それに、君もついていく。
 それだけのことさ。まあ、君が俺のお供は嫌だというなら、勿論無理にとは言わないが──」
「いっ、いえ! そんな滅相もないです! 是非、お供させてくださいっ!」

ガタンッ!

 余程の感情の昂ぶりのせいか、
 物凄い勢いで立ち上がったカインは座っていた椅子を後ろに倒してしまう。
「わわっ!? す、すみません!」
「ぷ……っあはははっ! 威勢が良くてけっこう。
 それじゃあ、決まりだな。明朝、城下町の西門前で落ち合おう」
「は、はあ……」
 弾けたように笑うヴェイクに、カインは慌てて椅子を元に戻しながら間の抜けた声で答えた。


 翌日、早朝。
 聖へレンズ城下町西門で落ち合った二人は、城下町を出て西へと進んでいた。
「あの……ヴェイク将軍。これから、どちらに向かわれるんですか? 
 ……まさか、魔獣の森じゃあ──」
「残念ながらハズレだ。
 ……まあ、昨日俺が帯剣してこいと言ったんだから、そう思うのも無理はないか」
 二人並んで街道を歩きながら──
 と言っても歩幅がかなり違う為にカインはやや早歩きになっている──、
 これからの行き先のことを話していた。
 今日は互いに休日の為に鎧などの装備は身につけていないが、
 ヴェイクの言葉により剣だけを腰に帯びている。
「まあ、ついて来れば分かるさ。特に危険な場所という訳でもない。…………はずだ」
「……?」
 一瞬、何か不安にかられる一言が聞こえたような気がしたが、
 カインは気のせいだということにした。
 二人はさらに西へ進み、街道から外れた所にある林に入っていた。
 横でヴェイクが何度も地図を確認しているのを見ながら、カインも「どこに行くのだろう?」
 という疑問を胸にヴェイクについて行く。
 しばらく林の中を進み──そして何度か戻り──、
 やがて二人は立ち並ぶ木々が拓けた空間にたどり着いた。
「う〜んと……よし、ここだな」
「???」
 「ここ」と言われても、カインにはこの場所が何か特別な場所には見えない。
 ここでヴェイクは何をするつもりなのだろう?
「さて、と。──カイン」
「は、はい!?」
 急に呼びかけられたため──
 なにしろ林を進む間はヴェイクは無言で地図と格闘していたのだから──、
 カインは慌てて答える。
「昨日、君が俺に尋ねたことの答えを……残念ながら、俺は言葉で表す術を知らない。
 ……だが、同時にこうも考える」
 その拓けた空間の中央へと歩を進めながら、ヴェイクは淡々と語った。そして、振り返る。
(──っ!!?)
 それは一瞬のこと。振り返ったヴェイクの視線を、ただ浴びただけだった。
 たったそれだけで、カインは総毛立つ感覚を知る。
 それは、昨日の──いや、つい先程までの柔らかい印象を与えるものではなかった。
 今、彼を射すくめているのはあまりに研ぎ澄まされて、
 底冷えするかのような鋭さを秘めた剣士の眼差しであった。
「君が、本当に君自身の言う『強さ』を得るのに必要なのは、俺の言葉ではないだろう。
 君は、君自身の答えを自分で見つけ出さなければならない」
「…………」
「……だが、君がその答えを見つけるのに俺が切っ掛けとなることは出来る」
 完全にヴェイクの雰囲気に圧され、
 息を呑むカインの前でヴェイクは腰に下げていた剣を抜き放つ。
 それはヴェイクの愛剣である光剣メビュラスではなく、一般兵が使う普通のロングソードだった。
「カイン、俺からも再度問おう。……君は、強くなりたいか?」
 向けられる視線、言葉、そして白銀の切っ先。それらを受け、カインが怯まないわけがない。
 ──が、
「……はい。俺は……強くなりたい!」
 怯んだのも束の間のこと。カインは真っ向から切っ先を、
 その先の赤い瞳を見つめ返し自らも剣を鞘から抜き放った。
「いい返事だ」
 その答えに満足したかのように、ヴェイクも微かな笑みを口元に刻む。
 しかし、それは数瞬にして幻のように消え去った。
「ならば、その意志を己の剣で示してみろ!」
「……応!!」

ザンッ!

 駆け出したカインの足元で、踏みしだかれた雑草が悲鳴を上げる。
「はあっ!」

ギンッ!

 噛み合った鋼が軋みをあげ、火花を散らす。真っ向から振り下ろされたカインの剣は、
 容易くヴェイクの剣によって受け止められていた。
「踏み込みはいい……だが……遅い!」
 噛み合った刃をぐいっと押し返され、思わずカインはたたらを踏みそうになる。
 辛うじて踏みとどまったつもりだったが、ヴェイクにとっては充分すぎる隙だった。
「遅いと言っている!」
 瞬く間に引き戻されたヴェイクの剣が、転じてカインの喉笛を貫かんと突き出される。
「くぅっ!」
 正に喉を食い破られる寸前に、カインは自ら大きく後ろに跳んだ。
 勢いあまって背後の木の幹に背から激突するが、
 今のカインにそんなことを構う余裕などありはしなかった。
「はぁっ……はあ……!」
 最初に切り結んでからまだ然程時間は経っていないというのに、
 既に全身が汗でぐっしょりと濡れている。
 緊張と恐怖と、高揚と。ない交ぜになった感情に、全身が震えそうになる。
 目の前の──間合いの外に毅然と立っているその存在に──。
 城内の、そして城外や果てには国外の者にまでも
 その若さにして凄まじい腕を持つ剣豪として知られる者。
 尊敬の──なにより畏怖の念により、密かにこう呼ばれていることも彼は聞き知っている。
 『赤眼の剣鬼』、と──。
「どうした、カイン。もう終わりか?」
「くっ……まだまだぁ!!」
 背中の痛みを無視して、カインは自分を奮い立たせるべく声を張り上げた。
 そして、自ら一気に間合いを詰める。
「やあっ!」

 ギッ キゥンッ ギンッ!

 立て続けに斬撃を繰り出すが、そのすべてがヴェイクの剣で軽くいなされる。
 しかし、今の二人の実力の差をかんがみれば、当然の展開と言える。
 兎が獅子に向かっているようなものだ。
「ふっ!」
 カインの連撃を受けきったヴェイクは、その返す刃で重い一撃を見舞った。
 大の大人でも剣で受ければ、手が痺れて剣を取り落としかねない一撃を、
 しかしカインはあろうことか避けることなく真っ向から受ける体勢を取った。
「なっ──!?」
 これにはヴェイクも驚いた。
 が、そのままヴェイクの剣は構えられたカインの剣の横っ腹に食らいつく。

 ギゥンッ!!

「っ!」
 さすがにたまらずカインの体が、軽々と斜め後方に吹っ飛ばされた。
 そして、先程よりも強烈な勢いで木に叩きつけられる。
 ──直前に、カインはまるでそれを見越していたかのように器用に空中で体をひねり、
 がつっという音とともに木の幹に足をつけ、
 さらに吹っ飛ばされた勢いを利用して全身をバネにし、
 三角跳びの要領で空高く跳びあがった。
「ぃやああぁっ!!」
 高々と振りかぶったカインの剣が閃く。
 その閃きは、陽の光を浴びた鋼のそれでなく──眩き閃光のごとく。
「……っ!?」
 ヴェイクの瞳が、驚愕に見開かれた。
(『閃光』──!?)
 最上段から振り下ろされるカインの閃く刃と、
 振り上げるヴェイクの剣がぶつかり合い──

 ──ィンッ!!

 人の耳では捉えきれない甲高い悲鳴を残し、折れたのは──

 閃く刃の方だった。


「はっ……はぁっ……」
 いまだ治まらない荒い呼吸を繰り返しながら、
 カインは幾分と短くなった剣を手に辛うじて立ち上がる。
「……大丈夫か? カイン」
「は、い……大丈夫、です」
 言葉とは裏腹にカインが大分疲労しているのを見て取ったヴェイクは、
 自分の剣を鞘に収めて軽くカインの肩を叩いた。
「無理をするな。少し、休んだ方がいい。今日はここまでにしよう」
「……すみません……」
 彼の言葉にカインはぼそりと応えると、どさっとその場に腰を落とした。
 しばしその様をまじまじと見下ろしていたヴェイクは、ふと表情を和らげてその隣に腰を下ろす。
「剣が……」
「それは、剣に変な気合いの入れ方をしたからだろう。剣に込める気合いに揺らぎが生じたりすると、
 そういうことが起きることもあるんだ」
 綺麗に真っ二つに折れた剣を見て眉をしかめるカインに、ヴェイクは諭すようにそう告げる。
 その顔つきは、もう「剣士」としてのそれではなく普段の彼のものに戻っていた。
「しかし、カイン。君は確か、剣を習い始めてまだ一年と経っていないと聞いたが……
 もうジェラルド殿から『閃光』を教えられているのか?」
 聖へレンズ国の兵士が最初に教え込まれる剣技が『閃光』だが、
 だからといってそう簡単に扱える技ではない。
 ある程度、剣士としての基礎を身につけた者でなくては使えないのだ。
 たかだか、剣を扱い始めて一年経つか経たないか程度では話にならない。
 だが、先程のカインの剣は……
「いえ……まだ、教わってはいません。お前には早いと言われたので……」
「では、さっきの『技』はどうしたんだ?」
「あれは、その……師匠や、他の兵士の人が使っているのを見て、見よう見まねで……」
「見よう見まね、って……」
 ばつが悪そうに答えたカインに、思わずヴェイクは絶句した。
 そして、一つ溜息を吐くと半ば呆れた口調で話を続ける。
「カイン。早く技を覚えたいのは分かる。
 だが、ちゃんと基礎を積んだ上でしっかりと教わらなければ、
 それは『剣技』として機能しないぞ。さっきだって、剣が折れてしまっただろう?」
「はい……すみません」
(……しかしまあ、確かに不安定ではあったが……
 見よう見まねで、剣を折ってしまうほどの気を練りこむとは……)
 先程の攻防の際、彼が持っていたのが仮に名高き光剣メビュラスであったなら。
 折れたのは剣の強度の違いという見方も出来たが、
 実際のところ彼がカインの一撃を受けたのもカインと同じ通常のロングソードだ。
 もっとも、彼としてもカインの腕のほどを正確に見切るためにメビュラスでなく、
 この剣を持ってきたのだが……。
(ジェラルド殿が見込むだけはある……ということか)
 内心で感嘆の言葉を呟くと、ヴェイクはカインの頭にぽんと手を置いた。
「ともかく。今の技は、もう使うんじゃないぞ。
 もっと訓練を重ねて、ちゃんとした『閃光』を教わるんだ。
 剣の道に焦りは禁物。……基礎的な訓練の中ででも、学ぶことはたくさんあるはずさ」
「……はい」
「よし。それでこそ、俺がここに君を連れてきた甲斐があるというものだ」
 ヴェイクは軽く笑うとすっと立ち上がり、折れ飛んだカインの剣の方へと歩き出す。
 その背を見つめながら、カインは素朴な疑問を投げかけた。
「でも、どうして城の訓練場でなく、この場所に俺を……?」
 その問いを背で受けたヴェイクはカインの剣を拾い上げてから、ゆっくりと振り向く。
 振り向いたヴェイクの表情は、どこか自嘲めいた苦笑に変わっていた。
「そうだな……これでも、将軍の地位というのは色々厄介なことも多いということだな」
「え?」
 意味の取れない答えに疑問符を浮かべるカイン。
「君は師匠のジェラルド『将軍』から稽古を受けているだろう?」
「あ……はい」
「当然、君がジェラルド殿が連れてきた弟子だということを城内の者は知っている。
 だが、君の稽古相手が俺となると、城内の見方は変わってくる。
 ジェラルド殿の時は『弟子が師匠から稽古を受けていた』のが、
 俺の場合は『部下でもない少年兵が将軍から稽古を受けていた』となってしまうのさ。
 そうすると、良くない見方をする者も──悲しいことだが──出てきてしまう。
 ……言っている意味が分かるかい?」
「え、ええ。なんとなくは……」
 青空を振り仰ぎ、静かに語るヴェイクの口調は穏やかだが、どこか憂いを帯びていた。
「つまり、一国の軍を率いる将軍が『たかだか』一般兵に目をかけすぎていては示しがつかない、
 と言う者が出てくるんだ。
 ……別に俺は、そんなことの為に将軍になった訳じゃないんだがな……」
 視線を戻したヴェイクはそう言って笑ったが、カインにはその目がとてつもなく悲しそうに見えた。
「俺は──」

 ザァッ──

 突如、吹いた一陣の風に、草が、葉が宙を舞う。
 緑に遮られた次の瞬間、再び視界に現れたその紅の瞳に、カインは言葉なく目を見張る。
 揺るぎない凛とした強い輝きが、カインの瞳に、そして心に一瞬にして焼き付いた。
「……それが熟練の兵士であれ、まだ未熟な兵士であれ。誰一人として、無駄に命を散らせない。
 その為に、光剣メビュラスとともに将軍の座を賜った。この意志は今も、そしてこれからも変わらない」
 ──分かった、気がした。この人が、なぜこんなにも「強い」のか。
 血のにじむような研鑽を積み、幾多の修羅場をくぐり、数え切れぬ傷を負ってもなお。
 この人は、その「意志」を捨てずに来たのだろう。人を想う、優しさというその「剣」を──
「……なんて、ちょっと格好つけすぎたな。ははっ」
 照れくさそうに笑うヴェイクに、カインはしばし黙り込んだ後、しっかりと顔を上げて言った。
「ヴェイク将軍」
「ん?」
「俺……強く、なります。あなたのように。自分の意志を、貫き通せるように……!」
 己を見上げるブラウンの瞳を見て、ヴェイクは優しい笑みを浮かべ大きく頷いた。
「ああ……君が俺を超えるぐらい強くなる日が楽しみだな」
 その双眸に宿る光が、いつか彼自身の大切な何かを護ることが
 出来るほど強いものになるように──。
 導いてゆくこともまた、今の自分の負った責任だとヴェイクは思っていた。
「今日は、本当にありがとうございました!!」
「いや……。そんな礼を言われるようなことはしていないさ。
 それに──」
 そこで言葉を区切り、ヴェイクはあらぬ方向に視線を投げた。次の瞬間、

 ヒュンッ!

「!?」
 一瞬、カインは目の前で起こったことが理解できず動きを止めた。
 ヴェイクがどこかを見やったと思った次の瞬間、その手が霞んだのだ。
 そして、さらに今気付いたのだがその手にあったカインの折れた剣(切っ先の方)が消えている。
 カインがヴェイクの視線の先を辿ると、
「……と、トカゲ?」
 ──そう。そこには見るからにグロテスクな風貌の
 (明らかに魔物の一種だ)白と黒の縞模様の蜥蜴(とかげ)が、
 ヴェイクの放ったと思われる折れた剣に貫かれて事切れていた。
 ぎょっとして固まっているカインに構う風もなく、当のヴェイクはすたすたとその蜥蜴に歩み寄る。
「ふむ……どうやら、情報どおりだったようだな」
 訳の分からない台詞を呟き、しゃがみこむとその蜥蜴の尻尾を引っこ抜いた。
「あ、あの……ヴェイク将軍……それは、いったい……?」
「ああ、これか? これは毒々蜥蜴の変種でな。滅多にお目にかかれないヤツなんだ。
 その尻尾ともなると大変な希少価値で、
 茶トラ柄のケットシーの赤い長靴にも匹敵しかねないぐらいで……」
 口元を引きつらせながらやっとの思いで尋ねるカインに、
 ヴェイクは蜥蜴の尻尾を大事そうに荷物袋にしまいながら、
 何事もなかったかのようにさらりと答える。
 それどころか、素人には到底理解できなさそうな説明を始めようとしていたので、
 カインは慌てて話を逸らそうとした。
「もしかして、ヴェイク将軍が昨日仰っていた『用事』というのは……」
「勿論、これのことだが?」
 さも当然という風に断言されては、カインも二の句が継げない。
「さて、これで用事も済んだことだし。そろそろ城に戻るか、カイン」
「(もしかしなくても……ヴェイク将軍って……珍しい物が好きなのか?)……え? は、はい!」
 しばし面食らっていたカインは、ややあってヴェイクの呼びかけに気付き、慌てて頷いた。
「──そうだ。カイン」
「はい?」
「さっき、君の剣が折れてしまっただろう? あれは、軍の支給品だったんじゃないか?」
「あっ……そうでした……」
 すっかり忘れていた。
 支給された剣を折ってしまった(しかも任務外で)となれば、
 上にこっぴどく言われるのは目に見えている。
「やはり、な。なら、この剣を持ってきて正解だったな」
 落ち込んでしまったカインに苦笑し、ヴェイクは腰に下げていた自分の剣を鞘ごと抜いた。
「これは、俺が兵に成り立ての頃に使っていたヤツだ。
 それだけに古いが……そう使い勝手は悪くない。これで良ければ、使ってくれ」
「そんな──悪いです!」
「いや、俺も折ってしまった一因なのだしな。そう言わずに受け取ってくれ」
 差し出された剣を前にカインはためらっていたが、さすがに断りきれずに剣を受け取る。
「ありがとう、ございます。大事に使わせてもらいます」
「はは、そんな大層なものじゃない。気兼ねなく使ってやってくれ。その方が、こいつのためだ」
 すっかり恐縮しているカインに、そう言葉をかけてヴェイクは城に戻る道へと歩き出す。
 その後ろで、カインは渡された剣をしばし見詰めていた。
 カインの目にも、相当使い込まれているのが分かる。柄が、握り手の形にすりへっていた。
(お前も……あの人の意志を、支えてきたんだな)
 カインはその剣を腰に下げると、幾らか先を歩くヴェイクの背を追った。

 ──いつか、必ず。あの背を、追い越してみせる。

 新たな主の思いを、その剣は知ったのだろうか。


「ぅお〜い、カイン。そろそろ出発の時間だぞ……って、何してんだ?」
 聖へレンズ城の一室で。いつもの調子で主に断りなく入ってきた銀髪の男は、
 目の前の光景にきょとんとした。
「いや……少し、昔のことを思い出していた。
 ──それよりユウ。いい加減、他人の部屋に入るときは断りの一つも入れろ」
 無言で刀身を見詰めていたカインは、剣を鞘に収めると半眼でユウを睨み付ける。
「ああっ? 別にいいだろ、こちとらお前が来ないからわざわざ迎えに来てやってるってのに」
「よくないから言ってるんだろうが。ったく……」
 カインは手にしていた剣をテーブルの上に丁寧に置くと、
 その隣に置いてあった装飾の施された剣を手に取る。
 聖剣ファルコン。師より遺志とともに継いだ、現在の彼の愛剣だ。
「よし、行くぞ。ユウ」
「そりゃ俺の台詞だっつーの。それより今回の任務だけどよ──」
 バタン、という音ともにカインとユウの声が部屋から遠のく。
 部屋に残されたのは、テーブルの上に置かれた簡素な一振りの剣。

 ──二人の人間の意志を知る、ひどく使い古された剣だけだった。

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彼と彼の接点 - 氷雨 2006/11/27(Mon) 15:08 No.30


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