Iris〜君に捧げる花〜 投稿者:コハル 投稿日:2006/11/27(Mon) 15:06 No.28
『訪れると・・・いいですね。平和な時代・・・』
Iris〜君に捧げる花〜
ふわり、と紺色のマントを靡かせた風が、優しく春を感じさせる。 カインが将軍に就任してから一度目、あの時から二度目の春がやって来た。 久々の休暇。 休暇と言っても、特別、何処かへ行くというわけではない。 同時に休暇をもらった部下のアランとリュウは、それぞれ里帰りをすると言っていたが、 カインには特に帰る場所も無い。 何気なく思いついたのが、剣の修行だったため、迷うことなくそれを選択することにした。 そして今、彼は装備品や薬草などの準備のため、城下町の商店街を歩いている。街中は賑やかだ。
平和な、時代・・・。
笑顔の絶えない人々の表情。一見平和そうに見えていても、世は決して平和ではない。 いずれ訪れるのだろうか。 平和な、そんな、時代が。
ふわ、
再び、風が吹いた。 と同時に、甘い香りが漂ってきた。
「あれ?カイン様?」
名を呼ばれて、声の方向――香りのした方向――に振り向く。 そこには、両手いっぱいに色とりどりの花を抱えた赤い髪の女の子が立っていた。 一瞬、両手の花の豪華さに目を奪われていたカインだったが、 その女の子が知り合いだということに気付き、すぐに応じた。 「アヤメか。どうしたんだ?その花」 アヤメと呼ばれた女の子は、きょとんとした表情でカインを見た後、ふふっ、と微笑んで言った。 「この花、すっごく綺麗ですよね♪カイン様も、そう思いません?」 質問に答えていない。 アヤメはリナ将軍の部下四人の内の一人で、活発な性格の賑やかな女の子である。 まあ、答えはとにかく確かに、綺麗だ、という事実はまげられなかった。 「ああ、そうだな」 穏やかに答える。カインは続けた。 「で、どうしてアヤメはこん・・・」
「アヤメーーーッ!?」
・・・なところに?、と続くはずだった言葉が、突然、何者かの大声によって制されてしまった。 「あ、ヤバイっ」 気まずそうな顔をして肩をすくめ呟くアヤメ。 声の正体は彼女の後方から走ってくる青い髪の女の子、カスミだった。 彼女もアヤメと同じくリナ将軍の部下で、しっかりとした四人のまとめ役である。 「こんな、ところに、いたっ!もう、まだ、持って行っちゃ、ダメだ、って言った、でしょう!?」 「え、でも」 「でもじゃない!」 カスミは息を切らせながら、アヤメの肩をガッチリ掴んでいる。 どうやら、すぐ目の前にいるカインの存在に気付いていないようだ。 「さ、行くよ!」 「わわわっ!!カスミ、苦しいってば〜!」 カスミはアヤメの襟首の後ろを引っ張っている。 冗談ではなく、本当に苦しそうだ。しかし、カインはそれを助けてやれるタイミングを外してしまった。 「行くっ、行くからっ!普通に行かせてっ!」 アヤメの声が涙混じりになったところで、カスミは手を放す。 「わっ、ごめん!ちょっとやり過ぎだったかな・・・? ・・・あれ?カイン様!?どうしてこんなところに?」 漸く気付いてくれた。 「ちょっと、商店街の方に用があってな・・・」 カインは先程の凄まじい勢いに圧倒されてしまっている。 「けほけほっ。カスミ、気付いてなかったの?」 その場に座り込んで、苦しそうに咳き込むアヤメの問いに、カスミは苦笑いしつつ頷いた。 「・・・ところで、キミたちはどうしてここに?」 やっとの思いで話を切り出す。 「けほッ・・・えっと、リナ将軍のおつかいです」 立ち上がり、埃を払いながらアヤメが言った。 「カイン様も来ますか?」 微笑みながらカスミが言った。
***
――ついて来てみると、花をたくさん積んだ一台の馬車があった。 カスミの話によれば、月に一度、はるばるエル・デ・ルスタの町から、 この聖へレンズに花を入荷しにやってくる花屋で、 彼女たちはリナ将軍に頼まれた花を買いに来たのだ、と言う。 「二人ともおかえりなさーい。あ、カイン様も一緒だったんですか」 白い花を一輪手にとりながら、部下の一人、アオイが笑顔を見せた。 赤い髪を耳の上辺りで二つに結わい、とても明るい印象を受ける。 「もしかしてカイン様も、興味がおありなんですか?」 黒髪のサクラが首を傾げ、訊ねた。 彼女は落ち着いた性格のため、印象が薄いように見受けられるのだが、 それは単に、周囲の印象が濃過ぎるのだと思う。 「いや、特にあるわけではないが・・・しかし、見事だな」 赤や、黄色や、白、ピンク、一つ一つの花が生き生きと咲いている。 小さく可愛い花を咲かせるものもあれば、大きく綺麗な花を咲かせるものもある。 どんな者が見ても、目を奪われかねないだろう。甘い香りは嫌悪に感じない。 ふと、隅の方に置かれていた鉢植えが目に留まった。
少し紫ががった、青い花。 それは何故か寂しげで、それでいて、凛、と咲いていた。
「えっと、カトレアと、フリージアと・・・あ、あとアネモネ。 それと、あの子が持ってる花、これでお願いします」 「はいはい・・・全部で5300ペインになります。・・・あら?将軍様はアイリスの花にご興味が?」
アイ・・・リス?
「この花、アイリスっていうのか」 「ええ」 花屋の女性がにこりと微笑む。
・・・懐かしい。
二年前のことが蘇る。 同時に、当時の自分が悔しくなった。 将軍になることを夢見ていた、たった一人守りきれなかった未熟な自分。
彼女は何よりも優しかった。
自分が信じ、愛を注いできた卵から魔獣が生まれようとも、 自分が危険に晒されても。
彼女の最期は優しさ故だったのかもしれない。
未熟な自分を正当化しようと、そんな理由に至った。 それは、未熟な考えだった。
アイリスの花は、凛、とこちらを見ている。 少し、彼女に似ていると思った。そういえば、髪の色と花の色が似ていたような気もしてきた。
「・・・・・ま、・・・カ・・・様、・・・カイン様!」
「えっ、あ」 「どうしちゃったんですか?ずっと下向いて・・もしかして、体調でも・・・・?」 アオイが顔を覗き込むように話しかけてきたおかげで、漸くカインは我に返った。 「いや、少し考え事をしていただけだ。ボーっとしていたようだな」 はは、と苦笑いしながら答える。四人は不思議そうな表情をしてカインを見ている。 「アイリスの花はお気に召されましたかしら?」 花屋の女性が言った。 「ああ。ひとつ、もらおうか」 それは、無意識に出た言葉。
***
「リナ将軍、買ってきました!」 「ありがとう、皆。・・・あら?カインも一緒だったのね?」 聖へレンズ城、中庭庭園。そこに花たちに水をやっているリナの姿があった。 庭園内の花壇は聖へレンズ四大将軍の一人、リナが世話をしているのだ。 「偶然、街中で会ったんです」 「そう。・・・カイン?その、花は?」 ふと、リナはカインの腕に包まれている鉢植えに気付く。 「じゃあ、リナ将軍。私たち、戻りますね」 カスミが傍にあるベンチに、買ってきた花を静かに置くと、そう言って城内へ入っていった。 「ええ、ご苦労様」 他の三人も、二人の将軍に軽く会釈をして、カスミを追った。 「・・・珍しいですね。自分で買ったのでしょう?」 くすくすと笑いながらリナ。 「別にいいだろう?これくらい」 「誰かへの贈り物?」 「違う」 無意識に買っていた、など言えるわけがない。 「まぁ、プライベートな話を詮索するつもりはないけれど・・・」 「だから、違うって」 「人に贈るのなら、しっかり相手を考えるのよ」 「だから、違・・・」 「アイリスの花言葉は、あなたを大切にします」 リナの真剣な眼つき。 「あ・・・」 「女の子は結構、花言葉とかに敏感だから、注意することですね」 カインが何も言えないでいると、リナはベンチに置かれた花を手にとり、 くすりと笑いながらそう言うと、城内に入って行ってしまった。
ふわ、
暖かい春の陽射しに満たされた庭園に、心地よい風。 カインは腕の中にある鉢植えを、手にとって陽射しに当てた。 青い花弁が透き通る。 手を触れたら消えてしまいそうな、そんな感じがした。 光に包まれた青い花弁がその色を失い、透けて、消えていくような――。
「―――アイリス・・・!」
儚くも、自分の目の前で亡くなった彼女は。 もう消えてしまった彼女の生命は、もう触れることなどできない。 望んでも、戻らない。
・・・あなたを大切にします。
アイリスの花言葉。 そう、彼女は想ってくれたのだろうか。 カインの中を、心が駆け巡る。 二年前、失ったモノの大切さを、重さを知った。 今ならわかる。大切なモノを失うこと。 「・・・なぁ、アイリス」 鉢植えを寄せ、その青い色を見つめる。 「・・俺は・・・キミを大切にできただろうか・・・?」 微風が、アイリスを優しく揺らした。
***
コト。
置いた拍子に、鉢が地面を鳴らす。 ゆらゆらと青い花が揺れている。 今日のランスの村は、優しい風が吹いていた。 カインが将軍に就任してから一度目、あの時から二度目の春。久々の休暇。 修行の予定は急遽変更して、彼は墓参りに来ていた。 無意識に買った、彼女と同じ名の花と一緒に。 静かで長閑な村は、人々の心が魔獣を生んでしまった村。 今は昔話。 しかし、彼には関係なかった。
彼女が存在していた事実は今の話で、事実は今も消えないのだから。
「・・・アイリス」 墓前に膝をつき、優しく、声をかけた。 「アイリス、キミと同じ名前の花だ。今日、初めて知ったんだ」 香る、花の香り。 「平和な時代はまだ訪れていないけど、約束は守りたい。どんなことがあっても」 穏やかな声。けれど強い眼差し。 今日はただの墓参りではない。カインの、すべての意志を誓う日。 リナが去った後、彼は誓いを心に決めていた。 アイリス――大切なモノ――に誓うことは、意志の難さを自分自身で見つめるということだ、と。 ゆっくり深呼吸。一息置いて、彼は言葉を紡いだ。 「俺は、もう、誰も死なせないから・・・絶対に、守りきってみせるから。 ・・だから、・・・本当にできたかどうかは判らないけど、無意識だったのかもしれないけど、 ・・・俺がキミを大切にしたように・・・」
すべてを、大切にしたように。
「俺を、大切にしてください」
ふわ、
アイリスの花が小さく頷いた。
〜Fin〜
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