Back


第20話「無の精霊〜前編〜」


洞穴の奥は、広い空洞となっており、ところどころに幾つもの穴が空いていた。
「何者じゃ。ここがどこだか解って入ってきおったのか?
 もしそうでないなら、すぐに立ち去るがいい。
 ここに居ても、何も良い事なんぞありゃあせんからな。
 さあさあ、すぐに帰った帰った。ほら、何をモタモタしておるんじゃ。
 ……ワシの言った事が解らなかったのか?ん?」
灰色のフードをかぶった痩せこけた老人が、レヴィン達の前に立っている。

「あんた、誰?」
レヴィンが老人に質問した。
「お前達こそ誰なんじゃ?ここが精霊術士の里だと知って、入って来たのか?」
レヴィンとザリアはお互いに顔を合わせ、確信したかのように頷いてみせた。
「思ったとおり、やっぱりここが精霊術士の里ね。どうレヴィン、私の言った通りでしょ?
 ふふ、乙女の勘の効力を甘くみないでよね!」
「だから乙女じゃなくて、おと……」
レヴィンは、その先の言葉を言うのを慌てて止めた。
「ふむ。その口調じゃと、ここが精霊術士の里だと解っていて訪れたようじゃな。
 何か用でも?……まさか、お前達も精霊術士という訳ではあるまい」
「私は違うけど、彼は精霊を呼ぶ事ができるわ。精霊術士かどうかは解んないけどね」
「精霊を喚ぶ事が出来るじゃと?小僧がか?」
「しかも全員ね」
「なんとっ!出まかせを言うでないっ!四精霊を全員召喚出来るじゃと!?」
老人は驚いて、少しばかりその場から後ずさった。
「喚べるんだよね?レヴィン」
ザリアがレヴィンに確認する。
「ああ、喚べるよ。なんなら、此処で召喚しようか?
 あ、でもここは精霊には狭いだろうから、上手く召喚出来るかどうかは解らないな」
「ね、言った通りでしょ?」
ザリアが勝ち誇ったかのように、老人に答えた。
「馬鹿な……その話が本当だとすると、小僧はとんでもない素質を持っておるな。
 ……しかし何故こんな小僧が……ううむ」
老人は今だに信じられないといった表情で、レヴィンの顔をまじまじと見た。
「ところで、ここは精霊術士の里なんでしょ?
 里っていうぐらいだから、勿論、他にも精霊術士っているのよね?」
「いいや、ここにはワシ1人しかおらんよ」
「ええっ!?嘘でしょ!?」
「嘘なもんか。他の精霊術士達は、みんな此処から逃げるように出ていってしまった。
 精霊術士という存在は恐れられ、嫌われた存在じゃからな。
 今頃は皆、精霊術士という身分を隠して、おそらく他の大陸へ移り住んでいるじゃろう」
「あんたは、ここから出ていかなかったの?」
「老先短い人生、今更出ていっても、あまり意味はない。
 それにどうせなら、この里で一生を終えたいと思ってな。ここに残ったのじゃよ」
「ふーん……」
「ところで……話を元に戻すが……」
「え?」
「何をしにここへ来た?何か目的があって来たのではないのか?」
「んー……特に目的はないんだけどね……ここに行けって言われたから来ただけで」
その質問には、レヴィンが答えた。
「誰にじゃ?」
「ティナっていう人に」
「ティナ?女性かな?」
「うん、そうよ!知ってるのね?」
「いや、知らん」
「知らんのかいっ!!」

――――バコッ!!――――

「ごはっ……な、何をするんじゃっ!!」
「あ、ごめんなさい、つい手が……ははっ」
「全く……凶暴な女じゃな……油断も隙もない」
「……妙なリアクションをとるほうが悪いのよね、レヴィン」
ザリアは老人には聞こえないように、レヴィンに小さな声で愚痴った。
レヴィンはただ、苦笑いをするしかなかった。
「ザリアは相手が誰であろうと殴ってしまうんだな。
そのうち、王様や将軍さえも殴ってしまうんじゃないだろうか……」と、
心の中でレヴィンはそう思った。
気を取り直して、老人は傍にあった木製の椅子に腰を掛けた。
「ふうむ……そのティナという人の事は知らんが、なんとなくその人の考えは解る。
 おそらく、"無の精霊"の事じゃろうな……」
「無の精霊?」
レヴィンとザリアは興味津々な眼差しで老人の方を見た。


第20話「無の精霊〜前編〜」終わり