「それで、俺を此処へ呼んだ理由は? 初めに言っておくが俺は今、凄く機嫌が悪い。 くだらない用件だったら、解かっているだろうな?ん?」 黒ずくめの男は恐い眼でジェシカを睨んだ。 「おやおや?何かあったのかしら?」 ジェシカは軽くあしらう。 「とぼけるなよ。サキをよこしたのは、お前等だろうが」 「ああ、その事ね。仕方ないじゃない。 あの娘にはバルテスのおっさんが絡んでいるからね」 「ちっ……」 「それよりもバジルちゃん」 「俺の名を"ちゃん付け"するな……殺すぞ」 黒ずくめの男の名はバジル。既に承知の通り、魔将軍の一人だ。 彼とジェシカとは、古くからの知り合いである。 とはいえ、決して仲が良い訳ではない。ただ知り合いなだけである。 「今日、魔将軍の貴方を此処に呼んだのは、私に協力してもらう為よ」 「お断りだ。交渉は決裂だな。帰らせてもらう」 「あららん?この翡翠石(ひすいせき)が欲しくないのかしら? うーん、この石、今日も素晴しい輝きを放っているわ。 ……でも割っちゃおうかしら!何故か割りたい気分満々だわっ!! 割っちゃうわよーっ!!そーれ!!」 「……さっさと用件を話せ」 「賢いわね」 「……ちっ」 ジェシカがバジルに話した内容は次の通りだ。 現在、南クロス帝国は狂人バルテスの支配下にあった。 古き時代から魔王軍側と対立していた南クロス帝国であったが、 近年のバルテスによる新たなる勢力により、状況が変化した。 度重なる戦いで疲弊していた帝国側は、バルテスに隙をつかれ完全に支配された。 そこで、まずはバルテスの支配から逃れる為、 このたび魔王側との一時停戦を申し入れたという訳である。 当然、魔王側にとってもバルテスの存在は非常に厄介なものであった。 南クロス帝国最強の魔術士だった"サキ・シャーディ"がバルテス側に付いた為、 帝国側は魔王との休戦を申し入れるしか打開策がなかったのである。 だが、魔王側がこの案を受け入れるはずもなかった。 「なるほどな。休戦か。……だが、それは無理な話だ。 あの女が入り込んだ以上、こちらは何も手を出せん」 「この翡翠石があっても?」 「翡翠石は8つ揃わなければ意味がない。 その石と、こちらが持っている3つの石を合わせても、まだ足りんな」 「残念ね。残念すぎて涙がちょちょ切れそうよっ! ……あ!ちょちょ切れたっ!見て見て〜この涙の切れっぷり!」 「さて、俺は城に戻る。この翡翠石は貰っていくぞ」 バジルは軽く話を流す。ジェシカに対する扱いは随分慣れているようだ。 「お好きなように。早く全ての石を集めてちょうだい。 バルテスのおっさんを、殺して!もしくは殺して!または、殺して!!」 「殺して、か。くくく……良いだろう、それは俺の得意分野だ」 舌を軽く舐め、バジルは不敵な笑みを浮かべながらその場を去っていった。 部屋に一人残ったジェシカは、窓際にその身を移し、外を眺めながら"こう"呟いた。 「ふふ……お馬鹿さんね」 |