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第06話「旅立ち」


ヴィッツア大陸東部、ライドネル湖の付近。
人里を少し離れたこの場所に、小さな家がぽつんと建っている。
ここには元聖ヘレンズ帝国の博士、ブラウンとその家族が住んでいる。
カインの師匠ジェラルドとブラウンは古くから親友の仲であり、
カインもかつて、ここを訪れている。
ちなみにジェラルドが生きていた事は、ブラウンは既に知っている。
ジェラルド自身、最近になってここを訪れたからである。

「ん〜いい天気〜」
ブラウンの娘、ザリアは背伸びをし、晴れ晴れとした青空を見上げてそう言った。
「どれどれ……準備はできたかな?ザリア」
ブラウンは朝食のパンを口にくわえ、コーヒーを右手に持ち、
床に置いてある娘の鞄をまじまじと覗き込んだ。
「もうっ、女の子の鞄を見るのは失礼な事よ!」
そう言うとすぐにブラウンから鞄を取り返し、さっさと肩に掛けてしまった。
「これはこれは、ザリアは手厳しいな……」
「準備はOKよ。それじゃ、レヴィンの馬鹿を起こしてくるわね」
「うむ。気をつけてな。まぁ、レヴィン君がいれば大丈夫だとは思うが……。
 くれぐれも彼の邪魔にはならんようにな。
 いくら上級魔法が使えるようになったとはいえ、お前はまだまだ腕が未熟なのだから……」
「はいはい、解かっているわよ。じゃあ、いってきまーす」
ザリアを見送った後、すぐさまブラウンは溜め息をついた。
「全く……あいつは事の重大さを解かっておるのだろうか……。
 いずれ嫌でも解かる事になるだろうがの……」
今、ザリアが迎えに行っているのはレヴィン・アルナムという青年だ。
彼はかつての魔王ガルドゥーンを討ち倒した、英雄リュナン・アルナムの血筋の者である。
まだ年齢は18〜20歳くらいだが、その腕は城の上級兵士を凌いでいる。
ザリアが家を出てから約20分後、ようやくレヴィンの家に辿り着いた。

「レヴィンー入るわよー」
彼女は返事を待たず勝手に扉を開け、遠慮なく部屋の中に入っていった。
この行動を見ても解かるように、ザリアは少し男っぽい性格である。
レヴィンはベッドで寝ていた。
「はぁ……まぁ、いつもの事ね」
これまで幾度となく、ザリアはレヴィンを叩き起こしてきた。
それほど彼の寝起きは悪い。別に低血圧というわけではないのだが……。
「もうっ!起きなさい!!全く、いつまで寝てるのよ!!」
「うー……眠い……。あと3時間だけ寝させて……」
「長いわっ!!」
「じゃ……おやすみ……」
彼はそう言うと、すぐにまた深い眠りについてしまった。
ザリアは呆れた顔で、溜め息混じりに呟いた。
「はぁ……この人がリュナン様の子孫だなんて、この世も終わりね」
だが、性格上このまま何もしないザリアではない。
無理矢理レヴィンを覆っている布団を取り去り、彼の体を揺さぶった。
「ほーら、起きた起きた!さっさと魔王を倒しにいくわよ!!」
「わわわわわわわわっ……ゆ、揺らすなななななななな……!!」
「起きなさい、ほらほら!!」
「わわわわかったから、お、起きるから、ゆ、ゆら……揺らすなななな……」
「そう、起きればいいのよ、起きればね」
「もう、今ので完全に目が覚めてしまったじゃないか」
「覚ますつもりで揺らしたんだから、当たり前じゃない」
「……あぁ……確かに」
寝起きの為、頭の回転が鈍り、素直に納得したようだ。
服を着替えながら、レヴィンはザリアに訪ねた。
「なぁ、ザリア。さっき魔王を倒すとかどうとか言ってなかったか?」
「うん、言ってたわよ」
「冗談……だよな?」
「……冗談に決まっているじゃない」
「ふぅ……安心した」
「いくら英雄の血が流れているって言っても、レヴィンってそんなに強くないじゃない。
 城の将軍様くらい強ければいいけど……シェイド将軍くらいね。
 あ……あの人、今は聖ヘレンズ国の王になったんだっけ」
「ははっ、俺、剣技は苦手だからなぁ。それに剣にもあまり興味がないし。
 そういえば、聖ヘレンズ帝国の城の将軍の名前さえ知らない」
「……呆っきれた。じゃあ、何が得意なの?」
「即寝」
「うんうん、成る程ね。……で、殴られたいの?」
「……冗談だよ」
この2人は幼馴染みで、仲が良いのか悪いのか解からないがいつもこんな調子だ。
お互いに微かな恋愛感情は抱いているようだが、それに関しては苦手らしい。
「さぁ、それよりさっさと準備して。そろそろ行くわよ」
「え?行くってどこに?」
「北クロス城。あの剣士団に志願しに行くの」
「俺、聞いてないんだけど……」
「そりゃあ、今言ったからね。レヴィンは、こうでもしないと強くならないから」
「うわ、酷っ……」
「文句があるなら全部ジェラルドさんに言ってよね。
 これもあの人の考えなんだから。私は言う通りに実行しているだけ」
「ジェラルドさんが……。はぁ、そりゃ逆らえないな……」
「解かったなら早くここを旅立つ準備をしてね。私、外で待っているから」
そう言うとザリアは表へ出て行った。

「ふあーぁ……なんか面倒な事になったな……」
レヴィンは眠そうに欠伸(あくび)をしながら、旅の支度を整え始めた。


第06話「旅立ち」終わり