ヴィッツア大陸東部、ライドネル湖の付近。 人里を少し離れたこの場所に、小さな家がぽつんと建っている。 ここには元聖ヘレンズ帝国の博士、ブラウンとその家族が住んでいる。 カインの師匠ジェラルドとブラウンは古くから親友の仲であり、 カインもかつて、ここを訪れている。 ちなみにジェラルドが生きていた事は、ブラウンは既に知っている。 ジェラルド自身、最近になってここを訪れたからである。 「ん〜いい天気〜」 ブラウンの娘、ザリアは背伸びをし、晴れ晴れとした青空を見上げてそう言った。 「どれどれ……準備はできたかな?ザリア」 ブラウンは朝食のパンを口にくわえ、コーヒーを右手に持ち、 床に置いてある娘の鞄をまじまじと覗き込んだ。 「もうっ、女の子の鞄を見るのは失礼な事よ!」 そう言うとすぐにブラウンから鞄を取り返し、さっさと肩に掛けてしまった。 「これはこれは、ザリアは手厳しいな……」 「準備はOKよ。それじゃ、レヴィンの馬鹿を起こしてくるわね」 「うむ。気をつけてな。まぁ、レヴィン君がいれば大丈夫だとは思うが……。 くれぐれも彼の邪魔にはならんようにな。 いくら上級魔法が使えるようになったとはいえ、お前はまだまだ腕が未熟なのだから……」 「はいはい、解かっているわよ。じゃあ、いってきまーす」 ザリアを見送った後、すぐさまブラウンは溜め息をついた。 「全く……あいつは事の重大さを解かっておるのだろうか……。 いずれ嫌でも解かる事になるだろうがの……」 今、ザリアが迎えに行っているのはレヴィン・アルナムという青年だ。 彼はかつての魔王ガルドゥーンを討ち倒した、英雄リュナン・アルナムの血筋の者である。 まだ年齢は18〜20歳くらいだが、その腕は城の上級兵士を凌いでいる。 ザリアが家を出てから約20分後、ようやくレヴィンの家に辿り着いた。 「レヴィンー入るわよー」 彼女は返事を待たず勝手に扉を開け、遠慮なく部屋の中に入っていった。 この行動を見ても解かるように、ザリアは少し男っぽい性格である。 レヴィンはベッドで寝ていた。 「はぁ……まぁ、いつもの事ね」 これまで幾度となく、ザリアはレヴィンを叩き起こしてきた。 それほど彼の寝起きは悪い。別に低血圧というわけではないのだが……。 「もうっ!起きなさい!!全く、いつまで寝てるのよ!!」 「うー……眠い……。あと3時間だけ寝させて……」 「長いわっ!!」 「じゃ……おやすみ……」 彼はそう言うと、すぐにまた深い眠りについてしまった。 ザリアは呆れた顔で、溜め息混じりに呟いた。 「はぁ……この人がリュナン様の子孫だなんて、この世も終わりね」 だが、性格上このまま何もしないザリアではない。 無理矢理レヴィンを覆っている布団を取り去り、彼の体を揺さぶった。 「ほーら、起きた起きた!さっさと魔王を倒しにいくわよ!!」 「わわわわわわわわっ……ゆ、揺らすなななななななな……!!」 「起きなさい、ほらほら!!」 「わわわわかったから、お、起きるから、ゆ、ゆら……揺らすなななな……」 「そう、起きればいいのよ、起きればね」 「もう、今ので完全に目が覚めてしまったじゃないか」 「覚ますつもりで揺らしたんだから、当たり前じゃない」 「……あぁ……確かに」 寝起きの為、頭の回転が鈍り、素直に納得したようだ。 服を着替えながら、レヴィンはザリアに訪ねた。 「なぁ、ザリア。さっき魔王を倒すとかどうとか言ってなかったか?」 「うん、言ってたわよ」 「冗談……だよな?」 「……冗談に決まっているじゃない」 「ふぅ……安心した」 「いくら英雄の血が流れているって言っても、レヴィンってそんなに強くないじゃない。 城の将軍様くらい強ければいいけど……シェイド将軍くらいね。 あ……あの人、今は聖ヘレンズ国の王になったんだっけ」 「ははっ、俺、剣技は苦手だからなぁ。それに剣にもあまり興味がないし。 そういえば、聖ヘレンズ帝国の城の将軍の名前さえ知らない」 「……呆っきれた。じゃあ、何が得意なの?」 「即寝」 「うんうん、成る程ね。……で、殴られたいの?」 「……冗談だよ」 この2人は幼馴染みで、仲が良いのか悪いのか解からないがいつもこんな調子だ。 お互いに微かな恋愛感情は抱いているようだが、それに関しては苦手らしい。 「さぁ、それよりさっさと準備して。そろそろ行くわよ」 「え?行くってどこに?」 「北クロス城。あの剣士団に志願しに行くの」 「俺、聞いてないんだけど……」 「そりゃあ、今言ったからね。レヴィンは、こうでもしないと強くならないから」 「うわ、酷っ……」 「文句があるなら全部ジェラルドさんに言ってよね。 これもあの人の考えなんだから。私は言う通りに実行しているだけ」 「ジェラルドさんが……。はぁ、そりゃ逆らえないな……」 「解かったなら早くここを旅立つ準備をしてね。私、外で待っているから」 そう言うとザリアは表へ出て行った。 「ふあーぁ……なんか面倒な事になったな……」 レヴィンは眠そうに欠伸(あくび)をしながら、旅の支度を整え始めた。 |