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第05話「謎の女」 後編


「俺は……俺はお前達を許さない!!」
聖ヘレンズ帝国将軍カイン・ヴァンスが剣を構え、魔王ヴェイクに構えた。
「アイリス……フリージア……これが俺の最期の戦いだぁっ!!」
ヴェイクは落ち着いた表情で、カインに言い放った。
「……処刑の時間だ。死ね」
「ヴェイク―――――――――――っ!!」
怒りを露にして、叫びながらカインはヴェイクに立ち向かっていった。
勿論、先日のラーハルト戦での傷がまだ完治していないカインにとって、
魔王であるヴェイクを倒せるはずもない事は、カイン自身解かっている事だ。
だがそんな事を既に考える余裕もなく、カインはただ"がむしゃらに"剣を振った。
フリージアを殺された憎しみが、今のカインをそうさせたに違いない。

―――――グシャッ

鈍い音が辺りに響いた。
ヴェイクの剣がカインの左胸辺りを貫いた。
傷口から多量の血が吹き出し、カインはその場に崩れ去った。
剣は心臓部分からは少し外れていたたため、即死とまではいかなかったが、
それでもいくら将軍であるカインといえど、重体には違いない。

「終わりだ。カイン・ヴァンス」

―――――キィィィィン

「なっ……この光は!?……ヴェイク様!?」
「ぬうっ……」
ヴェイクがカインの体から剣を抜き、再びそれをカインに突き刺そうとしたその時、
目の前に一人の美しい紫髪の女性が現れ、それと共にカインの体は黒き光に包まれた。
そして、2人はヴェイク達の目の前から完全に消え去った。
それは一瞬の出来事だったため、魔将軍達も対処のしようがなかった。
「これは……何者かが彼をどこかへテレポートさせたようですね。
 このような真似が出来るのは……余程の魔力の持主かと見受けられます」
「ソフィア……お前と同等、若しくはそれ以上のか?」
「ええ……」
強大な魔力を持つソフィアと同等レベルの魔力の持主ともなると、
このガイア世界にもそうはいない。それが人間だとしたら、尚更の事である。
少なからず、魔将軍達はこの事に関して動揺せざるを得なかった。


――――そして数週間後、つまり現在――――


「確かにあの時、彼をこの場から逃がしたのは私よ。でもそれは私の意志ではないわ」
サキ・シャーディは少し観念したように、彼らに話し始めた。
「……貴様の意志ではない、だと?くくく……では、誰の意志なんだ?あぁ?」
バジルが彼女に詰め寄った。
「バルテス・アルード。この名を聞いて、知らない方はいないでしょう。
 勿論、魔族の貴方達といえども例外ではないはず」
「!!」
その場にいた魔王ヴェイクを除く全員が、驚きの表情を見せた。
ヴェイクは魔王以前の記憶――つまり将軍時代の記憶――がほぼ失われている為、
彼、バルテスに関しての記憶は一切持っていなかった。
「バ……バルテス・アルード……だと!?」
バジルが少し興奮した様子で、サキに問いかける。
「あの狂人野郎が動いていたとはな……くくく。面白い」
「バジル、そのバルテスとやらは何者だ?」
「ええっと、バルテスというのは……」

その問いにはバジルに代わってキリトが答える。
……というのも、バジルは他者に説明をする事が彼の性格上、苦手だからだ。
話し始めたはいいが、いつも何故か余計な話までする羽目になってしまう。
なので、こういった役目は大抵、キリトかソフィアに回ってくる。
キリトは説明を続けた。

「バルテス・アルード。彼は北クロス大陸の出身です。
 昔は大陸一の刀使いとして、その名を馳せていました。
 恐らく彼を知らない者は、この世界にはいないでしょうね。
 人望も厚く、その実力は、あのジェラルド・ヴァンスとも引けを取りません。
 いずれ我々の驚異的な存在になるかと恐れていたのですが……」
「ふむ……」
「……ですが、ある時を境に彼の心は豹変しました。悪魔の心へと……」
キリトがそこまで説明すると、それを黙って聞いていたサキが彼の後に続けた。
「妖刀・死紅(しく)。一度その刀を手にした者は呪われ、
 その者をたちまち狂人(バーサーカ)へと豹変させてしまう。
 いかなる力を以てしても、その呪いを解く事は適わない恐ろしい刀よ。
 ……彼はそれを手にしてしまった」
話を聞いていたヴェイクは椅子から立ち上がり、サキの方へ歩み寄った。
「実に興味深い話だ。彼が呪われ、狂人になったのは解かった。
 ……だが、その者がどうして我々に加担する?」
「あら?それは簡単な事。目的は貴方達と同じよ。
 これを見れば解かるのではなくて?」
サキは腰に下げていた袋から光り輝く石を取り出し、ヴェイクに見せた。
「翡翠石か。ふん、成る程な……。
 我々の首はいつでも取れる。奴は、そう言いたいのだな」
「ふふ、そういう事。
 カイン・ヴァンスをこの場から逃がしたのも、私が貴方達に加担するのも、
 全てはあの方の意志で動いている。
 だから、ここは素直に私を貴方達のお仲間に加えて頂けないかしら?
 勿論、刻が訪れるまでの間だけね……」
「……いいだろう。好きにするがいい。ただし、その翡翠石はこちらへ頂こうか。
 それがお前を受け入れる条件としよう。どうだ?決して悪い条件ではあるまい」
「抜け目ないのね。流石、魔王様だこと。……まぁ、いいわ」
「ちっ……厄介な奴が現れちまった。まぁ、俺は認めないがな……。
 くそっ……だがイライラするぜ……」
バジルが舌打ちをしながら、その場に唾を吐き捨てた。
キリトがバジルを説得しようと試みる。まぁ、結果は見えているが。
「そう怪訝(けげん)な顔をしないで下さい。
 少なくとも彼女は"今は"我々の味方なのですから」
「あーうぜぇ……。うぜぇな。人間のカス野郎共でもブッ殺してくる」
「無闇な殺生は好ましくありませんね」
「うるせぇっ!!」

――――ドカッ

扉を強く蹴り、バジルは不機嫌そうにその場を去った。


第05話「謎の女〜後編〜」終わり