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第04話「謎の女」 前編


魔王城ヘルズ・キッチン。
北の大地、魔の大陸に聳(そび)える魔族の拠点であるこの城の存在は、
幸いにも全世界の人々から、まだ知られてはいない。
高い山に覆われたこの城が知られていないのも、当然といえば当然である。
その城の祭壇の間にて、魔王ヴェイクと他3人の魔将軍達が
何やら訝(いぶか)しそうな表情で会話をしている。
会話内容は以下の通り。

「ヴェイク様、どうします?ラーハルトの代わりを、いかが致しましょう?」
金髪で端正な顔立ちをした青年、魔将軍キリトが魔王ヴェイクに提案する。
ヴェイクは少し何か考え事をしたかのような表情になり、一言呟いた。
「ラーハルトの代わり……か」
そう言うと、彼はそのまま沈黙した。
キリトが口にしたラーハルトとは、かつて聖ヘレンズ国の司令であった男の事である。
実のところ、その正体は魔将軍の一人であったが、
前回の戦いにおいて、聖ヘレンズ国将軍のカイン・ヴァンスに討たれた。
それを見たもう一人の魔将軍、ソフィアが彼に代わってキリトに答えた。
「ラーハルトを失った代償は、大きいかもしれませんね」
赤髪のソフィアは魔将軍唯一の女性であり"赤髪の魔女"の異名を持つ。
驚異的な高等魔法を自在に操る姿から、この異名がつけられたのだ。
女性といえど、各国の城の兵士達からは恐れられている存在だ。
だがその性格は大人しく、彼女自身、戦いを好まないため、
彼女の方から戦いに赴くことは滅多にない。故に、その姿を見た者も多くはない。

「なぁに……あいつがいなくても、我等だけで充分だ」
そして魔将軍の中でも、最も極悪非道な性格をもつバジルが口を挟む。
彼ほど魔族の名が似合う者は、恐らくいないであろう。
魔将軍達の会話を一部始終、聞き終わった魔王ヴェイクがその場に立ち上がる。
「ふ……まぁいいだろう。今度は我々が攻める時だな」
そう言うと、何者かの気配を感じ、奥の入口にある扉の方を見た。
そこには確かに、何者かの姿があった。
「ふふ……それなら私が力を貸してあげてもいいわ」
現れたのは紫色の美しい髪をした女性で、歳は25くらいか。
香水が大人の色気をより醸(かも)し出している。
「私の名前はサキ。サキ・シャーディよ。よろしくね」
「……貴様は……あの時の!!」
バジルが女の元に近づき、激しい口調で問いかける。
「あら?乱暴なお方ね。貴方……私の嫌いなタイプよ」
「ちっ……」
「ではお聞きしますが、サキ・シャーディ。どういうおつもりです?」
バジルに代わって、今度はキリトが落ち着いた口調で丁寧に訪ねた。
「どういうおつもりとは、どういう事かしら?
 貴方達の仲間になってあげてもいい。私はそう言ったつもりだけど?」
「私が聞いているのは、そういう事ではありませんよ」
キリトが話を続ける。
「その紋章……貴方はムーアの方ですね?」
「…………」
その言葉を聞いた後、サキは黙ったまま、そのままキリトの方を見た。
バジルがキリトに訪ねる。
「おい、ムーアってのは何だ?」
「おや?御存知ないですか?ムーアとは、クロス大陸にある魔法研究所のことですよ」
「魔法研究所?聞いたこともないな」
バジルは、この世界の事に興味がなかったため、そういった知識を持っていない。
キリトは知識のない彼に、ムーアについて軽く説明を施した。
説明内容は以下の通り。

クロス大陸には北クロス城と南クロス城の2つの城で統治されている。
北クロス城では剣技が盛んで剣士国として有名であるが、
これに対し南クロス城では魔法が研究されており、魔法国として知られている。
ムーアというのは、その魔法国である南クロス城の1施設である。
ここでは全ての属性の魔法について研究されており、在籍している研究生も多い。
また、特に優秀な成績でここを卒業した研究生にはムーアの紋章が与えられる。

「成る程……つまり貴様は、魔法のプロフェッショナルって事か。
 確かに我々にとっては、願ってもない逸材ではあるな……くくく」
「……さて、話を戻しますが、私が貴方にお聞きしたいのは、
 我々と敵対関係にある南クロス城と関係を持つムーアの方が、
 何故、我々の仲間になりたいと申し出たのか、という事ではありません」
「…………」
サキはまだ黙ったまま、キリトの言葉を聞いている。
「人にはそれぞれ事情というものがあります。
 私はその事についてはお聞きするつもりもありませんし、興味もありません。
 貴方が我々の仲間になりたいというのであれば、それはそれで構わない。
 ヴェイク様はどう思うか解かりませんが……少なくとも私はそう思っています」
そう言い、キリトはヴェイクの方を見た。
「続けてくれ」
「はい」
ヴェイクはそのままキリトに話を続けさせた。
その時、それまで黙ってキリトの話を聞いていたサキが突然口を開いた。
「貴方が私に聞きたい事は解かっているわ。
 ふふ……貴方、というよりも"貴方達"といった方がいいかしら?」
そう、キリトだけでなくこの場にいた魔王ヴェイクは勿論のこと、
他の魔将軍であるソフィア、バジルも彼女に訪ねたい事は同じ内容であった。
「……それでは聞かせて頂きましょうか」
少し間をおいて、キリトがサキに問いかけた。

「どうしてあの時、貴方は"彼"をこの場から逃がしたのですか?」


第04話「謎の女〜前編〜」終わり