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第02話「一度死んでみるか?」


ガイア歴1656年2月、レモリア大陸某所。

「くくく……どうしたどうしたぁ?
 まさかその程度の実力で、この俺に挑もうとしていたのか?
 ……笑わせる。笑わせるぞ、くっくっくっ!!」
全身黒尽くめのマントを纏(まと)った一人の男が、青髪の青年の元へ踏み寄った。
彼は魔将軍の一人、バジル。魔王ガルドゥーン復活を目論む魔族である。

「まだだ……」
青髪の青年は、これまでの度重なる戦いで深い傷を負っていた。
傷口からは大量の血が流れ出て、その場に立つこともままならない状態……。
後ろで束ねていた長い髪も解(ほど)けていた。
しかし朦朧(もうろう)とした微かな意識の中においても、
その美しい青き瞳だけは、目前の敵をしっかりと見据えていた。
「悪足掻(わるあが)きを……」
一言そう呟(つぶや)き、バジルは青年の長い髪を掴み、
手にしている禍々(まがまが)しい剣を青年の喉元へ突きつけた。
「自分の剣で止めを刺される気分はどうだ?んん?」
「くっ……」
「一度死んでみるか?くくく……」
バジルは剣を振り上げ、青年の左肩を突き刺した。
「……っ!!」
「他の奴らと違って、俺は優しいのさ。なぁに、すぐには殺さない。
 ……じわじわと"なぶり殺し"にしてやる……そらっ!!」
「ぐあっ!!」
青年の両肩から赤き血が溢れ出た。辺り一面、血で染まっている。
呻(うめ)き声をあげずにはいられないほどの激痛が傷口に走る。
だがバジルはその手を休めることはなかった。
「か……快感……。快感だぁっ!!ひゃっはっはっ!!」

「ふっ、相も変わらず趣味が悪いですね、バジル」
「あ?……誰だ、俺にたてつく馬鹿は」
バジルの背後に現れたのは、金髪の青年で、彼もまた黒尽くめのマントを纏っている。
「キリトか……。まさか俺の邪魔をしにきたのではあるまいな?」
「その"まさか"ですが、いけませんか?」
「……まぁ待て。今、丁度良いところだ。食事の邪魔をするな」
「ふ、これは失礼。ですが、お楽しみのデザートは後に取っておいてください」
(キリト……こいつも魔将軍なのか……)
青年は薄れゆく意識の中で、この魔族の強大さを感じ取った。
「魔王ガルドゥーン様の媒体を捕えました。すぐに戻ってください」
「ほう、媒体をか?……どこのどいつだ?」
「ヴェイク。元聖ヘレンズ帝国将軍ヴェイク・ジェイルです」
「くくく……これは願ってもない媒体だ。いいだろう、ここは退いてやる。
 おい、貴様。命を助けてやる。運が良かったな」
「ま……待て……」
既に体力は限界に来ていたが、残る力を振り絞りその場に立ち上がった。
だがバジルは青年に背を向け、その場を立ち去ろうとしていた。
「命拾いしたのはラティス村の時を含め、これで2度目か……。
 つくづく貴様は運がいいようだ」
「さぁ戻りましょうか。今こそ魔王様復活の時です」
「あぁ。……おっと、こいつは返してやろう。
 その剣で、いつか俺を殺しに来い。俺と貴様は必ずまた出会う。
 くくく……時に運命とは皮肉なものさ」
2人の姿が完全に消えた頃には、既に青年の意識はなかった。
彼は立ち尽くしたまま、意識を失っていた。
そして数時間後、その場を訪れた村人によって一命を取り止めた。


一度死んでみるか?くくく……



ガイア歴1658年12月、レモリア大陸東部の村ロレーヌ。

「…………ふぅ」
「んぁ?ルイ兄、どうしたんだ?突然目覚めて……。
 まだ寝てから数時間も経ってねぇぞ?」
「……少し、嫌な夢(過去)を見たのでな」
ルイはベッドから起きあがり、テーブルの上に置いてあるコップを手にし、
注がれていた水をそのまま口へと運んだ。
(あの夢を見る度に、肩の傷跡が疼(うず)く……。
バジル……お前をこの手で討つまでは、この疼きが消えることはない……)
溜め息をつくと、弟ユウの持っている本に目を移した。
「お前は寝ないのか?……その本は?」
「これか?これ意外と面白いんだよな。"ボクと給食"っていう本なんだけどよ。
 知らねぇか?ロブソン・G・マンダムって人の作品」
「いや……聞いたこともないな」
「まぁ、ストーリーを簡単に説明するとだな〜、
 "給食"っていうのは実はあるモノの比喩で、実はい……」
「明日は早い。もう寝ておいたほうがいいぞ」
ユウの説明を遮るように、ルイはさっさと床についてしまった。
「んー……あと3頁読んだら寝る」


"一度死んでみるか?"……か。
…………。
ふ……下手な芝居を。

……そろそろ"生き返る"頃合いか。
だが……悪いが、もう少しそのまま"死んでいて"くれ。
もう少しだけ……。バジルを討つまでは……。



ガイア歴1658年同月、ヴィッツア大陸スノー・スリーブスの村某所。


「行くのか?」
「…………はい」
「お前に課せられた運命は厳しく、儚いものだ。
 だが、必ず報われる時が来る。……そのことを忘れるな」
その場を去っていく青年の後ろ姿を見送りながらも、
元聖ヘレンズ帝国将軍ジェラルド・ヴァンスは少し涙汲んだ。
「……ついに第2幕の始まりじゃな。
 まさか、あやつがお主と同じ道を歩むことになろうとは、
 一体この世の誰が想像したであろうかの」
傍に立っていた老人は、ジェラルドに問いかけた。
「あいつの意志だ。それは誰にも止められんさ」
「……じゃが、あやつの仲間まで騙す必要があったのかの?」
「ふ、彼らも同じ将軍だ。そうそう馬鹿ではない。
 おそらく既に気づいている者もいるだろう」
「……では、ワシらはこの地で見届けることにしようかの。
 彼らの未来が"凶"と出るか。それとも"吉"と出るかをな……」
「……そうだな。物語の結末を見届けるのは、俺達の使命だ」
老人は部屋の中に入り、近くにある椅子に腰掛けた。
ジェラルドもまた彼の後に続き、同様に向かいにある"それ"に腰掛けた。
「さて、コーヒーでも飲んでいきなされ。久し振りの再会故に、
 積もる話もあるじゃろうて。たっぷりと聞かせてもらおうかの」
「ふっ……頂こう」
「カトレアや、済まんが熱いコーヒーを入れておくれ。
 勿論、美味しいコーヒーをのぉ」
カトレアと呼ばれた女性は「はーい、すぐに入れるね」と返事をし、
すぐにキッチンへと足を運んでいった。


小高い丘の上で、青髪の青年は目映く輝く大きな剣を握りしめ、
今まさに、彼に襲いかかろうとしている魔物へそれを構えた。
「ルーンマジシャンか……」
敵はルーンマジシャンと呼ばれる、凶悪な魔法を操る恐ろしい魔物である。
だがその強敵も、青年の技一撃で葬り去られることとなった。
「在るべき場所へ還れ!!」
天へと突き放つ技、"天空昇"。彼が得意とする技である。
他の魔物の姿がないか辺りを見回し、ないことを確認すると彼は剣を鞘に収めた。

青年の手に握られていたその剣こそ、
ジェラルドより託された七大聖剣の一つ"聖剣オルタナティブ"そのものである。

……物語は新たな展開を迎える。


第02話「一度死んでみるか?」終わり