ガイア歴1656年2月、レモリア大陸某所。 「くくく……どうしたどうしたぁ? まさかその程度の実力で、この俺に挑もうとしていたのか? ……笑わせる。笑わせるぞ、くっくっくっ!!」 全身黒尽くめのマントを纏(まと)った一人の男が、青髪の青年の元へ踏み寄った。 彼は魔将軍の一人、バジル。魔王ガルドゥーン復活を目論む魔族である。 「まだだ……」 青髪の青年は、これまでの度重なる戦いで深い傷を負っていた。 傷口からは大量の血が流れ出て、その場に立つこともままならない状態……。 後ろで束ねていた長い髪も解(ほど)けていた。 しかし朦朧(もうろう)とした微かな意識の中においても、 その美しい青き瞳だけは、目前の敵をしっかりと見据えていた。 「悪足掻(わるあが)きを……」 一言そう呟(つぶや)き、バジルは青年の長い髪を掴み、 手にしている禍々(まがまが)しい剣を青年の喉元へ突きつけた。 「自分の剣で止めを刺される気分はどうだ?んん?」 「くっ……」 「一度死んでみるか?くくく……」 バジルは剣を振り上げ、青年の左肩を突き刺した。 「……っ!!」 「他の奴らと違って、俺は優しいのさ。なぁに、すぐには殺さない。 ……じわじわと"なぶり殺し"にしてやる……そらっ!!」 「ぐあっ!!」 青年の両肩から赤き血が溢れ出た。辺り一面、血で染まっている。 呻(うめ)き声をあげずにはいられないほどの激痛が傷口に走る。 だがバジルはその手を休めることはなかった。 「か……快感……。快感だぁっ!!ひゃっはっはっ!!」 「ふっ、相も変わらず趣味が悪いですね、バジル」 「あ?……誰だ、俺にたてつく馬鹿は」 バジルの背後に現れたのは、金髪の青年で、彼もまた黒尽くめのマントを纏っている。 「キリトか……。まさか俺の邪魔をしにきたのではあるまいな?」 「その"まさか"ですが、いけませんか?」 「……まぁ待て。今、丁度良いところだ。食事の邪魔をするな」 「ふ、これは失礼。ですが、お楽しみのデザートは後に取っておいてください」 (キリト……こいつも魔将軍なのか……) 青年は薄れゆく意識の中で、この魔族の強大さを感じ取った。 「魔王ガルドゥーン様の媒体を捕えました。すぐに戻ってください」 「ほう、媒体をか?……どこのどいつだ?」 「ヴェイク。元聖ヘレンズ帝国将軍ヴェイク・ジェイルです」 「くくく……これは願ってもない媒体だ。いいだろう、ここは退いてやる。 おい、貴様。命を助けてやる。運が良かったな」 「ま……待て……」 既に体力は限界に来ていたが、残る力を振り絞りその場に立ち上がった。 だがバジルは青年に背を向け、その場を立ち去ろうとしていた。 「命拾いしたのはラティス村の時を含め、これで2度目か……。 つくづく貴様は運がいいようだ」 「さぁ戻りましょうか。今こそ魔王様復活の時です」 「あぁ。……おっと、こいつは返してやろう。 その剣で、いつか俺を殺しに来い。俺と貴様は必ずまた出会う。 くくく……時に運命とは皮肉なものさ」 2人の姿が完全に消えた頃には、既に青年の意識はなかった。 彼は立ち尽くしたまま、意識を失っていた。 そして数時間後、その場を訪れた村人によって一命を取り止めた。 一度死んでみるか?くくく…… ガイア歴1658年12月、レモリア大陸東部の村ロレーヌ。 「…………ふぅ」 「んぁ?ルイ兄、どうしたんだ?突然目覚めて……。 まだ寝てから数時間も経ってねぇぞ?」 「……少し、嫌な夢(過去)を見たのでな」 ルイはベッドから起きあがり、テーブルの上に置いてあるコップを手にし、 注がれていた水をそのまま口へと運んだ。 (あの夢を見る度に、肩の傷跡が疼(うず)く……。 バジル……お前をこの手で討つまでは、この疼きが消えることはない……) 溜め息をつくと、弟ユウの持っている本に目を移した。 「お前は寝ないのか?……その本は?」 「これか?これ意外と面白いんだよな。"ボクと給食"っていう本なんだけどよ。 知らねぇか?ロブソン・G・マンダムって人の作品」 「いや……聞いたこともないな」 「まぁ、ストーリーを簡単に説明するとだな〜、 "給食"っていうのは実はあるモノの比喩で、実はい……」 「明日は早い。もう寝ておいたほうがいいぞ」 ユウの説明を遮るように、ルイはさっさと床についてしまった。 「んー……あと3頁読んだら寝る」 "一度死んでみるか?"……か。 …………。 ふ……下手な芝居を。 ……そろそろ"生き返る"頃合いか。 だが……悪いが、もう少しそのまま"死んでいて"くれ。 もう少しだけ……。バジルを討つまでは……。 ガイア歴1658年同月、ヴィッツア大陸スノー・スリーブスの村某所。 「行くのか?」 「…………はい」 「お前に課せられた運命は厳しく、儚いものだ。 だが、必ず報われる時が来る。……そのことを忘れるな」 その場を去っていく青年の後ろ姿を見送りながらも、 元聖ヘレンズ帝国将軍ジェラルド・ヴァンスは少し涙汲んだ。 「……ついに第2幕の始まりじゃな。 まさか、あやつがお主と同じ道を歩むことになろうとは、 一体この世の誰が想像したであろうかの」 傍に立っていた老人は、ジェラルドに問いかけた。 「あいつの意志だ。それは誰にも止められんさ」 「……じゃが、あやつの仲間まで騙す必要があったのかの?」 「ふ、彼らも同じ将軍だ。そうそう馬鹿ではない。 おそらく既に気づいている者もいるだろう」 「……では、ワシらはこの地で見届けることにしようかの。 彼らの未来が"凶"と出るか。それとも"吉"と出るかをな……」 「……そうだな。物語の結末を見届けるのは、俺達の使命だ」 老人は部屋の中に入り、近くにある椅子に腰掛けた。 ジェラルドもまた彼の後に続き、同様に向かいにある"それ"に腰掛けた。 「さて、コーヒーでも飲んでいきなされ。久し振りの再会故に、 積もる話もあるじゃろうて。たっぷりと聞かせてもらおうかの」 「ふっ……頂こう」 「カトレアや、済まんが熱いコーヒーを入れておくれ。 勿論、美味しいコーヒーをのぉ」 カトレアと呼ばれた女性は「はーい、すぐに入れるね」と返事をし、 すぐにキッチンへと足を運んでいった。 小高い丘の上で、青髪の青年は目映く輝く大きな剣を握りしめ、 今まさに、彼に襲いかかろうとしている魔物へそれを構えた。 「ルーンマジシャンか……」 敵はルーンマジシャンと呼ばれる、凶悪な魔法を操る恐ろしい魔物である。 だがその強敵も、青年の技一撃で葬り去られることとなった。 「在るべき場所へ還れ!!」 天へと突き放つ技、"天空昇"。彼が得意とする技である。 他の魔物の姿がないか辺りを見回し、ないことを確認すると彼は剣を鞘に収めた。 青年の手に握られていたその剣こそ、 ジェラルドより託された七大聖剣の一つ"聖剣オルタナティブ"そのものである。 ……物語は新たな展開を迎える。 |