酒場"マリン"は聖ヘレンズ城下町の人々だけでなく、城の兵士までもが訪れる人気の場所であった。 カインもまた、この酒場には御用達になっていた。 「カイン様、いらっしゃいませ〜☆」 カインを出迎えたのは、この酒場の亭主マリン・クリシュナという女性だった。 3年前彼女は18歳の若さにして、亡き父からこの酒場を引き継いだ。 当時、この酒場は「酒場・でんでん虫」という名前だったが、父ハンスが亡くなった後、 マリンはこの名前が気に入らないという理由で、店名を自分の名前「マリン」に変えたらしい。 「いつものやつを頼む」 「はい、パニュール・ピニョールですね。すぐにお持ちしますね」 カインのお気に入りの酒。それが"パニュール・ピニョール"と呼ばれる酒である。 この酒は、北のレモリア大陸の一部の地域でしか生産されていない、かなり貴重な酒だ。 普通の人は、この酒をあまり頼まない。貴重な酒といえど、味は上手くはないからである。 しかしカインはこの酒を好む。ここに来れば、必ずといっていいほど注文している。 それはカインが"レア物"に弱い、ということが関係してるだろう。 これまでにもレアな物を見ると周りが見えなくなることも、しばしばあった。 「カイン将軍!こっちです!」 カインを呼び止めたのは、奥の壁際の席に座っていた兵士であった。 そこには、2人の兵士がイスに腰掛けていた。見た目は2人とも、まだ少年に見える。 「アラン、リュウ。待たせたな」 「カイン将軍、おめでとうございます!今日からついに将軍ですね」 カインの右に座っているのが、アラン。歳は12歳くらいだが、聖ヘレンズの兵士だ。 カインの左にいるのがリュウ。彼もまたアランと同じ歳くらいで、兵士なのである。 聖ヘレンズ国では、10歳から兵士として徴兵が可能とされる。 兵士を夢見る子供たちは多く、カインを含む四大将軍は彼ら子供たちの憧れでもあった。 「お待たせしました。パニュール・ピニョールです」 「あぁ、ありがとう」 カインの前にパニュール・ピニョールの酒が置かれた。 「カイン将軍、いよいよ異教徒狩りが本格的に開始されるみたいですね」 アランは飲んでいたオレンジジュースを置き、真剣な眼差しでカインを見つめた。 「俺もその情報、町の人から聞きました」 「異教徒狩りか・・・。もう町の者にも噂が流れているみたいだな」 カインは、ため息混じりにテーブルに置かれた酒を飲んだ。 「ふぅ・・・」 「やはり、噂は本当なんですね」 「ああ、明日にでも行われるだろう。間違いない」 異教徒狩り。それは、人々にとって最も恐れる計画であった。 ブレイド王V世に政権交代し、彼は"ゾルダーク教"なる宗教を掲げた。 前王が提唱したのは"リ・シェル教"という、完全平和平等主義だったのに対し、 現国王はあろうことか、絶対王政ともいえる宗教を提唱した。 王に逆らえば死刑。リシェル教徒も死刑。それがゾルダーク教だ。 つまり、前王の掲げたリ・シェル教徒は"異教徒"とされ、彼らを根絶やしにする計画が、 異教徒狩りと呼ばれるものである。 この計画は城の中でも、ラーハルト司令、ダーク・ヘイストン参謀、 そしてカインら四大将軍たちにしか知らされていないこと。 だが、アランたちの話しによると、町の人々にすでに流れているというわけだ。 「異教徒狩り・・・か」 カインはパニュール・ピニョールを一口飲み、窓の外を眺めた。 |