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第13話「足りない花びらは心の中に」 ぷち/著


あれはいつもより少し寒い夜のこと。

「・・・・・っ!!」
テイルの隣で寝ていたルイ・スティンの様子がおかしい。
顔色も悪く、まるで何かにうなされているようだった。
「ルイしゃん、大丈夫デシか?」
テイルは少しおどおどしながら心配そうにルイの顔をのぞき込んだ。
「・・・・・・はぁはぁ。大丈夫だ・・問題ない」
しかしルイの様子は次の日もその次の日も暗かった。

テイルは湖のほとりでユウとルカが来るのを待った。
「テイルしゃん!お待たせダニ〜話って何ダニ?」
元気よくピンク色の猫がテイルのもとに走って来た。
その後ろには食べ物をいっぱい抱えたユウ・スティンが見えた。
「よぉ。テイル、元気にしてたかぁ?・・あれ?ルイ兄と一緒じゃねぇのか?」
その瞬間スイッチが入ったかのようにテイルの大きな瞳に涙がたまった。
「・・・最近・・・ルイしゃんの様子が・・ぐすっ・・・」
テイルは小さな体を震わせて言った。
「何とかしてルイしゃんを元気にしてあげたいデシ・・・」
それを聞いたユウ・スティンは何か考え込むように黙ってしまった。
ルカは何かひらめいたように大きな声で言った。
「そんなときは"ワイルド・ストロベリー"がいいダニ!
 あの花はユウしゃんの風邪も治してくれたダニよ?」
テイルはハッとルカの顔を見た。
「"ワイルド・ストロベリー"デシ!!」
「おいおい。あれは珍しい花で、簡単に見つかるものじゃ・・・」
テイルはユウの言葉をさえぎるように北へ走って行った。
「でも森は崖も多くて危険ダニよー!テイルしゃーん!」
"ワイルド・ストロベリー"が育つ場所は昼も薄暗く途中の道も悪いため、
あの森は魔物が出ると噂され、誰も近づこうとしない場所だった。
以前ルカが見つけた花は偶然、森の近くに咲いていたものだった。
「テイルがあんなに必死だなんて・・・ルイ兄のところに行ってみるか」

一方、テイルは小さな体で一生懸命に森を目指して走っていた。
ルカと違ってあまり体力のないテイルは走るだけで苦しかった。
自慢の黄色の毛も今はすっかり泥で汚れてしまっていた。
転んで血もうっすらとにじんでいる。けれど痛みはない。
痛みを忘れるほどにテイルは必死だったのである。
(絶対にルイしゃんにお花をあげて元気を出してもらうデシ!)

ドサッ。
重い荷物を床に置き、ユウは話しかけた。
「よぉ・・・暗いみてぇだな」
この町の酒場「マリン」の奥の席にルイは1人座っていた。
「・・・ユウ、来てたのか。ルカも久しぶりだな」
「お久しぶりダニ」
テーブルの上には数本の酒ビンが転がっていた。
「どうやら珍しく荒れているようだな〜」
空のビンを片づけながら落ち着いた声でユウは話し始めた。
「・・・何かあったのか?」
ふとルイがルカの方に視線を移した。それを見たユウは
「おい、ルカ〜これとこれとこれ。注文して来てくれ!頼んだ!」
「むぅーユウしゃんはいつもコキ使うダニね!」
ぶつぶつ文句を言いながらルカは席を離れた。
「・・・ルカがいると話せないことなんだろう?」
「夢を見たんだ・・・テイルが俺から去っていく・・夢を・・・
 なあ。あいつらはいつか俺たちから離れていくんだろうか?」
「・・・・・・・・」
ユウは答えることが出来なかった。そして椅子にもたれかかり、
カウンターで一生懸命に注文しているルカの後ろ姿を見た。
「多分な・・・あいつらには帰る場所がある。仲間もいる。
やっぱりいつかは離れるときが来るだろうな・・・。」
2人の間には沈黙が続いた。周りの音がやけに大きく感じた。
ルイとテイルは出会ってからいつも一緒にいた。どんなに苦しい道も
どんなに最悪な気候の中でもテイルはルイのそばを離れることはなかった。
(ルイしゃん、聖魔の森はこんなに広いんデシよ〜)
(これ見て下さいデシ!一生懸命に作ったデシよ!!)
(あぁ〜もうルイしゃんはボクがいないと駄目デシね〜)
いつも思い出したときに浮ぶ姿はテイルの「笑顔」だった。
手で顔を覆い、震えるような声でルイは言った。
「俺たちは・・・また大切なものを失うのか・・・」


カチャガチャカチャ・・・3本のビンを両手で抱えたルカが戻ってきた。
「ふぅ〜ユウしゃん、これでいいダニか?」
背伸びをしてテーブルに種類の違う酒を得意そうに並べた。
「あぁ。悪い!俺、今任務中で酒、飲めねぇーや。返してきて?」
「・・・っ!?何言ってるダニーっ!!!もう遅いダニよーっ!!」
ルカがユウに飛びかかろうとしたとき酒場のドアが少しだけ開いた。
「・・・テイル?」
ずっと伏せていた顔を上げてルイは大勢の中に紛れるテイルを見つけた。
その姿は汚い泥に覆われ店の中にいた客は皆、テイルを避けていた。
「どうしたんだ!?その姿は!何かあったのかっ!?」
ルイは客の視線を気にすることなくテイルを抱きかかえた。
泥だらけの手には赤い一輪の花がにぎられていた。
「"ワイルド・ストロベリー"は見つからなかったデシ。
 よく似た花はあったけど、これは花ビラが一枚少ないデシ・・・」
大粒の涙を流し、テイルはボロボロになった花をルイに渡した。
「元気になって下さいデシ・・・ぐすっ・・」
全てを理解したかのようにテイルの頭を大きな手でなでた。
「テイル・・・もういいんだ。気にするな」
ユウとルカは静かにその様子を見守っていた。
そのときルカが1輪の花を見つけて気がついた。
「・・その花、"ワイルド・ストロベリー"ダニ!!
 1枚花ビラが欠けているけど、絶対に間違いないダニよ!!」
テイルとルイは顔を見合わせた。しかしまたテイルから笑顔が消えた。
「でも一枚欠けていたら願いは叶わないデシね・・・」
テイルはがっかりした表情を見せた。
「いや・・・花ビラはある。テイルの心の中に・・・な」
 テイル、俺たちはずっと旅をしていこうな」
「・・・?もちろんデシよ!!」
テイルについていた泥がルイの顔にもついた。服も鎧も泥だらけである。
まるで何かの大きな魔物を2人で倒したようにひどく汚れていた。
ユウとルカは3本の酒を持ってそっと店を出た。

「あぁ〜テイルはいいよなぁ〜こう可愛くて素直でさ〜♪」
酒を飲みながらユウは帰り道ずっとテイルをほめ続けた。それを聞き続けたルカも
「ルイしゃんはいいダニね〜包容力があって頼りがいのある感じダニ〜♪」
とルイをほめ続けた。この交わることのない2人の会話は夜まで続いたらしい。





第13話 「足りない花ビラは心の中に」完