マールの森。 そう呼ばれる場所が、ここヴィッツア大陸に存在する。 大陸の中心にある聖ヘレンズ城から少し離れたこの森の奥に、 カイン・ヴァンスとユウ・スティンはある調査に来ていた。 森の奥深くにある祭壇の間の近くに来た時点で、カインは足を止め、 祭壇の真横に立っている柱を眺めた。 「懐かしいな・・・」 そうつぶやくと、その場に腰を下ろした。 「少し休憩していくか」 「まぁ、そうだな。焦っても仕方ねぇか・・・。 よぉ〜っし、それじゃ飯にしようぜ!飯!飯!飯〜!!」 ユウは腰にぶら下げていた水筒らしき物を手に取り、ぐっと水を飲み干した。 「くはーっ、うめぇ!やっぱイージスの水はうまいぜ!」 イージスの水というのは、商業都市イージスで売られている水で、 東の孤島にある水の村ラティスから入荷した物である。 天然水なため、聖ヘレンズ城下町の酒場などで出される水とはおいしさが違う。 ふとカインは、柱の傷跡に目を向けた。 「これは・・・」 「ん?どうした?なんかいいもんでも見つけたのかぁ?」 柱に刻まれていたのは深い「剣の斬り跡」だった。 すでに誇りかぶっていたが、斬り跡だけはしっかりと残されていた。 「・・・まだ消えていなかったのか」 「これって、お前がつけたのか?」 「あぁ・・・そうだ。」 ・・・約10年前・・・ 「カイン、また負けて帰ってきたのか?」 聖ヘレンズ国将軍ジェラルド・ヴァンスは、厳しい口調で子供のカインに訪ねた。 「だって・・・あいつら強いんだもん・・・」 「そんなことでは、いつまでたっても強い男にはなれんぞ」 「別に・・・強くなんかなりたくないよ。僕は・・・お医者さんになりたいんだ・・・」 「医者か・・・それもいいだろう。しかし俺はな、 カイン、お前に強い剣士になってもらいたいんだ」 カインは今にも泣きそうな表情でジェラルドに反論した。 「血を見るのなんて嫌だ!師匠は、なんで戦いを好むの!?」 「何も戦いを好んでやっているわけじゃないさ。 だが、誰かが戦わないと、いつまでたっても平和な世は訪れない。 ・・・だから、俺たち城の者が必要とされるんだ」 「・・・わかってる・・・それはわかってるけど・・・」 「カイン・・・俺はな・・・」 ジェラルドは、カインに何か言いかけたがすぐにやめた。 今のカインにこれ以上何を言っても意味がないと判断したためである。 カインは傍に置かれていた机をバンと叩き、背を向けてその場を立ち去った。 「僕はもう戦いたくない!!」 「・・・・・・」 ジェラルドは、遠ざかっていくカインを悲しい表情で見つめた。 (お前にもいずれわかる時が来る・・・本当の強さが何かを・・・) 夕暮れ時、聖ヘレンズ城下町周辺をカインはふらついていた。 昼間にジェラルドに叱られたことが、まだカインの心には残っていた。 「師匠なんか・・・嫌いだ」 カインは町の外れにある井戸近くの所で、大きな声がするのを聞いた。 「おい、見ろよバルサー、こいつ聖魔だぜ! へっへっへっ・・・おら!なんか喋ってみろよ!!」 「おいおい、あんまりいじめてやんなよゴード。 聖魔を傷つければ売った時に価値が下がるからな」 どうやら2人の男が、1匹の聖魔を取り囲んでいるようだ。 2人の男たちは山賊らしく、腰にはナイフのようなものを下げている。 カインは少しその場に近づき、見つからないように隠れた。 「なんだぁ?こいつ、全然しゃべらねぇじゃないか! おい、バルサー、本当に聖魔なのかよ?」 「きっと聖魔に違いねぇよ。俺の勘がそうさせている」 「お前の勘はアテになんねぇからな・・・」 「なんだと!もういっぺん言ってみろい!」 「あぁ?俺様にたてつく気かぁ?上等じゃねぇか!」 その時、カインは言い争っている2人の前に飛び出した。 「やめろ!聖魔をいじめるな!」 2人は驚いたが相手が子供だと知ると、すぐにカインのもとへと近づいた。 「なんだぁ?このチビは」 「俺たちの邪魔をするんじゃねぇよ!」 バルサーがカインの頭をつかんだ。 「痛いっ!」 まだ子供のカインにとって、大人であるバルサーの握力はとてつもなく苦痛だった。 だが、今のカインにはどうすることもできなかった。 恐怖心で足がすくみ、反撃することもかなわない状態だった。 「へっへっ、このままその頭を握り潰してやろうかぁ?」 「やめるポン!!」 聖魔がバルサーに飛びかかり、カインを掴んでいた手に噛みついた。 「痛ってええぇぇぇっ!!何すんだこの野郎!!」 バルサーはすぐさま、聖魔を力強く殴った。 聖魔は殴られた衝撃で、その場にどさっと倒れ込んだ。 「!!」 カインは聖魔を殴ったバルサーに対して、とてつもない怒りがこみ上げ、 腰に下げていた短剣を手に持ち、バルサーに向かっていった。 「聖魔をいじめるなあぁぁぁっ!!」 聖ヘレンズ国に伝わる閃光がバルサーの胴を切り裂いた。 致命傷を与えることはできなかったが、 胴のあたりから出血するほどの怪我を負わすことはできた。 「ちいっ!このガキ!!ぶっ殺してやる!!」 怒りに狂ったバルサーは剣を抜き、カインに斬りかかった。 やられる!カインがそう思ったその時、 遠くから炎に包まれた剣がバルサーめがけて飛んできた。 「紅蓮!!」 「熱っいいいいっ!!」 その炎はバルサーの服に燃え移り、バルサーは急いで服を脱いだ。 それを見たゴードはすぐさま剣の飛んできた方向を確認すると、 青ざめた顔で少しその場から後ずさった。 「バ、バルサー!一度、引き上げるぞ!!」 「あ、あぁ!ちくしょー!!覚えておけよ!!」 2人の山賊は一目さんに逃げ出し、後にはカインと聖魔が残された。 聖魔はまだ倒れたままだったが、特に怪我もなく命に別状はなかった。 そして、その場へ1人の鎧を着た男が近づいてきた。 「大丈夫か、カイン」 「あ!師匠・・・どうしてここへ?」 さきほど燃える剣を投げつけたのは、紛れもなく師匠ジェラルドであった。 「カイン、よくその聖魔を守ってあげたな」 「あ、うん・・・」 ジェラルドはさきほど投げつけた自分の剣を拾い、その剣をカインに渡した。 「自分のためだけに強くなるのも、また強さの1つだが・・・」 「・・・・・・」 「誰かを守るために強くなるのも、また強さの1つじゃないか?」 「師匠・・・」 「お前はこの聖魔を守ってみせた。人を守るには、強さが必要なんだ。 ・・・だから強くなるということは、いいことなのではないかな」 カインは渡された剣を眺め、師匠ジェラルドの言葉をかみしめた。 「誰かを守る・・・強さ・・・」 そうだ・・・俺は戦いが嫌だから、強くなりたくないって思った。 だから将来は医者になって、みんなを守ろうって決めてた。 ・・・でも、誰かを守るためには、戦いから逃げちゃだめなんだ。 そういう思いが、カインの意志を強く奮い立たせた。 「師匠・・・僕、強い剣士になるよ!そして、みんなを守る!!」 ジェラルドはカインを胸に抱きしめ、軽く頭を撫でた。 「・・・その言葉を待っていた」 ・・・そして現在・・・ 「うおぉぉぉージェラルドさんんんんんっ!! ・・・いい人じゃねぇかぁぁぁ!!」 カインの話を聞いたユウはすごく感動している。 「今の俺があるのは、あの人のおかげだからな」 「あれ?でもよぉ・・・」 ユウはある1つの疑問が、ふと頭に浮かんだ。 「この柱の傷と、ジェラルドさんと、どう関係があるんだ? 戦った場所も、この森じゃねぇだろ??」 「あぁ、そういうことか」 「あの日から、密かにこの場所に来て剣の練習を積んでいたんだ。 だから、ここは俺にとって思い出の場所なんだ」 「なるほどね、そういうことか。 でも、本当に惜しい人を亡くしたよなぁ・・・」 カインは剣を柱の傷にそっと当て、ユウに答えた。 「・・・あの人の意志は俺が引き継ぐ。 あの日、俺に託されたこの聖剣ファルコンがある限りな」 |