「ヴェイクさん!!大丈夫っスか!!」 「あぁ・・・致命傷にはなっていない・・・」 聖ヘレンズ国将軍ヴェイクとその部下ラーチェルとミント。 ヴィッツア大陸南東にある闇の洞窟の最新奥にて、魔獣ベルセルクと戦っていた。 魔獣ベルセルク。魔獣の中でも、ひと際凶暴な魔物で、鋭い牙を持つ。 また、その牙には毒が塗られており、かすっただけでも致命傷になるほどの威力だ。 腕は4本あり、異形な形をしている。見た目は虎に酷似している。 「ヴェイク!ラーチェル!あいつが来るわ!!」 ラーチェルはアレスの斧を構え、一端魔獣との距離を保った。 極度の不安と緊張からか、額に汗が溢れ出ている。 すでにこれまでの魔物たちとの戦いで、ラーチェルの体力はほとんど尽きていた。 それはミントもまた同様であった。 ヴェイクは、あの魔獣を2人へ矛先を向けさせないために挑発した。 「どうした!お前の相手はこの俺だ!!」 ヴェイクの挑発が効いたのか、恐ろしき魔獣は彼の方へ徐々に歩み寄った。 「いいぞ・・・そのままこっちに来るんだ」 「ヴェイクさん!」 ラーチェルはヴェイクに加勢しようとしたが、体が動かなかった。 瞬時に魔獣はヴェイクに飛びかかった。その恐ろしき牙で。 「その動きでは、この俺を捉えることはできない!はあっ!」 ヴェイクはひらりとその牙をかわすと、引き際に剣を相手の喉に突き立てた。 それはまさしく聖ヘレンズ国に伝わる、流水と呼ばれる技であった。 魔獣は一瞬うろたえたが、すぐに体勢を立て直し、再びヴェイクの元に近づいた。 「くっ・・・効いていないのか!?」 確かに喉からは血が溢れているのだが、この魔獣にとっては大したダメージではない。 「ラーチェル!このままじゃやばいよ!ヴェイクを助けなきゃ!」 「あぁ、わかってる!だけど・・・どうしたら・・・」 ラーチェルはまだ恐怖から立ち直っていない。 ヴェイクの放った技、流水でも倒せない相手に、 いったいどう立ち向かえばいいんだというその不安が、彼の足を止めていた。 「ちくしょう・・・俺に光の翼が使えりゃあ・・・」 その言葉を聞いて、ミントはいい案を閃いた。 「光の翼かぁ・・・。うん、やっぱりそれしかないよね」 「え?」 ラーチェルは不思議そうにミントを見た。 ミントはラーチェルの肩をぎゅっと握りしめ、言い聞かすように体を揺さぶった。 「だから光の翼よ!やろうよ、私たちで!」 「はぁ?」 「2人で同時にあれを出せば、きっと倒せるはずよ!!」 「だけど、俺たちあの技を使いこなせないぞ・・・将軍じゃあるまいし」 「やってできないことはないって!賭けましょう! ヴェイクを助けるには、もうこの手しか残されてないわ!!」 「わ、わかったよ!わかったから、そんなに強く揺らさないでくれっ!」 ラーチェルはミントから解放されると、肩をポンポンと払い、深呼吸をした。 「ふぅ・・・そうだな。ミント、お前の言うとおりだ。 ・・・やろう!2人で光の翼を!!」 「うん!!」 その間もヴェイクは、魔獣ベルセルクと死闘を繰り広げていた。 形勢はあいかわらず、圧倒的に不利な状況であった。 将軍とはいえ、さすがのヴェイクも息切れをし始め、体力も残り少なくなっていた。 ラーチェルとミントはそれぞれの武器を強く握りしめ、魔獣に向かっていった。 「いくぞ化け物!!光の翼ああぁぁぁっ!!」 「この技であんたを屠(ほふ)る!光の翼!!」 2人が同時に技を仕掛けた。魔獣はすぐさまその気配に気づき、彼らの方を向いた。 「今だ!!はああぁぁっっ!!たあああぁぁぁっ!!」 目映い光が辺りを照らし出した。物凄い轟音が鳴り響き、岩壁が次々と崩れ落ちた。 まさにそれは、この技の威力を物語っていた。 だがヴェイクは次の瞬間、恐るべき光景を目のあたりにした。 魔獣ベルセルクはその場に立っていた。かなり弱ってはいるが、まだ倒れてはいない。 恐ろしきその牙は、ラーチェル、ミントの2人の体を無惨にも貫いていた。 「ラ・・・ラーチェル・・・ミント・・・」 ヴェイクは2人の元に駆け寄った。だが、ミントはすでに息をしていなかった。 そして、かすかにまだ息をしていたラーチェルの体を起こした。 「ラーチェル!しっかりしろ!・・・ラーチェル!!」 「あ・・・ううっ・・・」 その隙を見て、魔獣ベルセルクはヴェイクに襲いかかろうとした。 だが、仲間を失った今のヴェイクに敵はいなかった。 「月光・・・これが、お前の見る最期の技だ!!」 月の光による一撃を浴びせられた異形の魔獣は、跡形もなく消し飛んだ。 聖ヘレンズ国最強の奥義、月光。聖ヘレンズ国将軍ジェラルドの得意とした技であった。 「あ・・・ヴェイ・・・クさん」 「大丈夫だ!俺がきっと助ける!!」 「役に立た・・・なくて・・・ごめんなさ・・・・・・」 ラーチェルはヴェイクの前で静かに息を引き取った。 「そんな・・・ラーチェル・・・」 ヴェイクはがっくりとその場にしゃがみ込み、拳を握りしめた。 「お前たち・・・もうすぐ結婚するんじゃなかったのかよ! それなのに・・・なんでこんなところで、命を落とすんだ!!」 その目には涙を浮かべている。 「死ぬのは・・・俺だけでよかったのに・・・」 友達のような関係でもあった仲間の死。ヴェイクにとって、それは辛い事実であった。 戦には犠牲はつきものだ。それは将軍であるヴェイクにもよくわかっている。 以前にも仲間の死はいくつも見てきた。だが、今回ばかりはさすがに堪(こた)えた。 「俺の・・・責任だ・・・。・・・俺の」 ・・・そして現在・・・ 「ヴェイクはその後、将軍の地位を捨てこの国を出た」 その話を聞いたシェイドの部下、サーラは涙汲んでいる。今にも泣きそうな表情だ。 「・・・ヴェイク様の気持ち、よくわかります。 もし私がヴェイク様と同じ立場だったら、とても辛くて生きてはいられなかったでしょう」 まだ15歳のサーラにとって、死という言葉はとてつもなく重くのしかかっていた。 そして、今まで我慢していたものが、一気に溢れ出た。 「すごく辛いはずなのに・・・ヒック・・・すべて自分の責任にするなんて・・・ ヴェイク様は・・・とても強い心を持っていると思います・・・ヒック」 サーラはすでに泣いていた。もはや感情を抑えることはできなかったようだ。 それを見たシェイドは軽くサーラの頭に手をポンと乗せ、優しい笑みでこう囁(ささや)いた。 「あいつは、そういう男だ」 |