「シェイド様!」 シェイドの部下であるまだ15歳の女性サーラが聖ヘレンズ国最強の将軍の名を叫んだ。 だが、シェイドは上の空で、ワイングラスを手に持ったまま何か考え事をしている。 「シェイド様、パニュール・ピニョールが入荷したそうです」 「ふ、パニュール・ピニョールか・・・」 「え?」 サーラは不思議そうにシェイドを見た。 シェイドは残りのワインを全て飲み干し、グラスを置いた。 「・・・いただこう」 「はい。でも、このお酒はどうしてあまり入荷しないんでしょうか?」 パニュール・ピニョールは貴重な酒として有名で、入荷は1ヶ月に5本ほどである。 だが、この酒は、決して味がいいというわけではない。 どちらかといえば、苦くて不味い分類に入る。ただ貴重なだけの酒である。 「この酒を見ると、あいつを思い出すな」 「・・・カイン様ですか?レア物好きで有名な」 「いや、ヴェイクのことだ」 「えっ!?ヴェイク様もレア物好きだったのですか・・・」 ヴェイクのことは、この酒場に来る前にシェイドからすでに聞いていた。 元聖ヘレンズ国将軍で、シェイドの認める唯一の親友。それがヴェイク・ジェイルという男。 「カインは、あいつの影響でレア物好きになったようなものだ」 「シェイド様、そういえばヴェイク様はどうしてこの国を出たのでしょうか?」 シェイドと肩を並べるほどの実力を持つヴェイク・ジェイル。 サーラはどうしてもヴェイクのことが気になっていた。 「・・・。あいつは、ある任務で、仲間を失った責任から将軍の地位を辞任した」 「仲間を!?」 「あぁ・・・。これはヴェイクから聞いた話だ」 ・・・約10年前・・・ 「ヴェイクさん、今度の任務はかなり困難を極めるっスね・・・」 ヴェイクの部下の1人であるラーチェルがヴェイクの方に近寄ってきた。 「ラーチェルか。どうしたんだ?その指輪は?」 「へへっ、実は俺、来月ミントと結婚しようかと思っているっス! この婚約指輪、さっき宝石店で買って来たっス」 「! それはおめでとう。お前たちがそんな仲だったとは知らなかったよ」 「もぉー!ラーチェル!どこ行ったのぉ〜?」 「げ!?ミント、やべ!これを隠さないと・・・。」 ラーチェルは急いでその指輪をポケットにしまい込んだ。 「いつそれを渡すんだ?」 「この任務が終わってから、渡す予定っス」 「そうか・・・それなら、なんとしても無事に任務を遂行しないとな」 「ヴェイクさんがいれば大丈夫っス♪」 説明が遅れたが、ラーチェルも彼の彼女であるミントも、ヴェイクの部下である。 彼らは聖ヘレンズ国兵士の中でもトップクラスの実力を持っていた。 ヴェイクの下につけたのも、彼らからしてみれば、ごく自然なことであった。 「あ、いたいた!ラーチェル、もぉ!どこ行ってたのよ!!」 「あ、悪ぃ!ちょっと雑貨屋に用があってさ・・・」 「探したんだからね!あ、ヴェイクも一緒だったのね」 「あぁ、ラーチェルからいい話を聞いていたところだよ」 ヴェイクは将軍ではあるが、ラーチェルとミントは友達のような感覚で接していた。 またヴェイクにとってもその友達のような関係が心地よかったのだ。 「聖ヘレンズ国は規律が固すぎる・・・」 それがヴェイクの口癖である。 「それより、明日は今までで最も過酷な任務だ」 ミントはラーチェルに怒鳴っていたが、すぐにヴェイクの方を振り向いた。 「・・・魔獣ベルセルク討伐ね」 「あぁ。しっかりと装備を整えておかないと、危険な相手だ」 するとラーチェルが一本の斧を振りかざし、天に掲げた。 「大丈夫っスよ!ベルベロスだかベルベンヌだか知らないっスけど、 このアレスの斧と、ミントのグーングニルの槍、そして・・・」 ラーチェルはヴェイクの腰に添えている長剣を指さした。 「ヴェイクさんの光剣メビュラスさえあれば、楽勝っス!!」 ラーチェルは剣の実力はトップクラスなのだが、少々頭は悪い。 戦略とかは全くの苦手分野で、いつもヴェイクに頼っている。 「ふっ、それもそうだな」 ヴェイクはラーチェルに軽く微笑した。 もちろん魔獣ベルセルクには簡単に勝てる相手ではない。 だが、このラーチェルの元気さには、いつも勇気づけられている。 ヴェイクは彼を故郷の村にいる、弟のアランのように可愛いがっていた。 「とにかく、仮にも相手は魔獣ベルセルク。そこらの魔物とはワケが違う。 油断は禁物だ。明日は早いから、そろそろ休むとしようか」 「はい、それじゃまた明日♪ヴェイク、おやすみなさい。 ほら、さっさと行くよラーチェル!」 「あっ、ミント!待ってくれよ!」 ラーチェルとミントはお互い言い争いをしながら、去っていった。 「・・・」 ヴェイクは腰に据えていた光剣メビュラスを片手に持ち、下に突き立てた。 夕日を浴びて、その剣はより目映い光を放っている。 「なんとしても勝たないとな・・・」 |