「今朝は特に冷え込むのぉ・・・」 老人はそうつぶやきながら、手にしていた一杯のコーヒーを全部飲み干した。 彼の名はザクソン・ラスターという。 ヴィッツア大陸において、年中雪の降り積もる唯一の地方グランドパレス。 その地方のちょうど南に小さな村スノースリーブスがあり、彼はそこの村長である。 「ほんと、まだ夏なのにね・・・」 横にいた20歳くらいに見える女性が、ため息混じりにその老人に同意した。 彼女の名はカトレア・ラスター。この老人の孫にあたる。 「はい、朝食の用意ができたよ」 そういうと、朝食メニューとは思えない豪華な料理をテーブルにそっと置いた。 「おぉ、いつもすまんのぉ・・・カトレアよ」 「今日はビビンバステーキを作ってみたの♪」 かなりの辛さを誇るビビンバステーキは、この老人の大好物である。 特にカトレアは、村で一番料理が得意なことで有名であり、 その料理を食べるために、この家に多くの人が集まってくるほどの腕である。 「ふあぁぁ・・・おはよー」 まもなくして、眠たそうな目で金髪の少女が2階から降りてきた。 「おはよ、フリージア」 フリージアと呼ばれた少女は、テーブルの上に置かれた料理を見るとすぐに席についた。 「お姉ちゃん、今日のご飯はビビンバステーキなの!?やったぁ!」 「ふふ、まず顔を洗ってらっしゃい。ご飯はそれからよ」 「はぁーい」 この家には祖父ザクソンとカトレア、そしてフリージアの3人しか住んでいない。 2人の両親は彼女たちが幼い頃に他界したと、ザクソンから知らされている。 両親亡き今は、カトレアが母親の役目を果たしている。 「それじゃいっただきまーす」 「もぐもぐ・・・うん、やっぱりお姉ちゃんの作る料理はおいしいね♪」 「ありがと。おかわりはまだあるからね」 食事を一通り終えると、老人は一冊の本を手に取り読み始めた。 「ねぇ、何の本を読んでるの?」 すぐさまフリージアが興味津々でその老人に訪ねた。 「ふぉふぉ・・・これか?これはのぉ」 そういうと老人は本を強く胸に抱きかかえ、胸中にある秘めたる想いを熱く語り出した。 「ロブソン・G・マンダム作、"ボクと給食"という本じゃよ」 「この本は全部で10巻まで発売されておってな。これはその3巻目じゃ」 「ワシはこの人の大ファンでな。集めておるのじゃが、なかなか手に入らなくての」 「・・・じゃが、いつかきっと、どこかで必ず全巻集めてみせるわい」 老人はガッツポーズをとりながら立ち上がり、一言こう叫んだ。 「給食を制する者は世界を制す!」 この時、15分ほど沈黙が続いたとか続かなかったとか・・・。 その後その場から2人がすぐさま立ち去ったというのは、もはや言うまでもない。 それは雪の降り積もる肌寒い夏の朝。 老人の叫び声だけが、穏やかな村中に空しく鳴り響いた。 |