◆The world where a pain does not bear◆ 醜い。 その生き物は醜い。 決して望んで醜い姿に生まれた訳ではなかったろうに。 『人間は嫌いよ。でも魔族はもっと嫌い』 どこかでエルフの少女が呟いた。 戦乱と恐怖を撒き散らすその生き物は忌み嫌われた。 見目におぞましく残忍な性質の生き物は忌み嫌われた。 『俺は、お前達を・・・・魔族を許さないっ!!』 どこかで人間の男が慟哭した。 殺戮を繰り返すその生き物は憎まれた。 愛する者を奪うその生き物は憎まれた。 世界は醜い生き物で溢れていた。嫌悪と憎悪と憎しみで溢れていた。 ―仇を討つ。―皆を守る。 あらゆる大義の元、醜い生き物は殺された。 それは当たり前のように繰り返されてきた出来事だった。 〈むなしさはどこからくるの〉―黒い魔獣と金の魔族 炎、稲妻、断末魔の悲鳴。 ある冬の夜、小さな山間の村を襲ったのはこの世でもっとも残忍醜悪と称される生き物だった。 皆殺しだ、嬲り殺しだと笑い狂いながら人々の営みを蹂躙し殺しつくした。 やがて夜が明けた頃、屍の中に立っていたのは二匹の生き物だけだった。 「――これはまた、派手なことをしましたね」 「ああ、いい感じに殺っただろう?最近奴等が散々俺のことを馬鹿にしてくれるから、立場を分からせてやろうと思ってなあ」 「それは一般的に『八つ当たり』と呼ばれるものだと思いますが・・・」 「どうでもいいさ。機会があれば奴らにも此処の事を教えてやろう、きっと『ひどい』『許さない』なんて目に涙溜めて言うんだろうぜ」 「・・・相変わらず、悪趣味なことです」 「ああ、お前は元の姿が嫌で本気も出せないザコ野郎だものなあ。くくっ、まさかそのお綺麗な姿は内心人間が羨ましいなんて考えてるんじゃないだろうな」 「馬鹿なことを」 「まあ、いいさ。お前は精々お高く留まっていろ。その妙な矜持の所為で死んでも文句はいうなよ」 〈かわいそうなこども〉―花の名の娘達の仇 ――瀕死の生き物は考える。 (ああ、それでも、私達をこんな姿にしたのは、貴方達人間ではないのですか) (私達を醜い、おぞましい怪物に生んだのは、貴方達ではないのですか) ―だって、魔獣を生むのは、人間の心でしょう? (愚かしい考えを、抱かずにはいられないのです) (もし。あの卵だった頃、貴方達の誰かが愛をくれたならば) (私は聖魔として生まれ、人を愛し、愛してもらえたのでしょうか?) (私は・・・) 術によって人間の形をとっていた手足が崩れ、爬虫類のような表皮に覆われた異形へ変わる。 美しい貌は蝋を溶かしたように伸び、魔獣のそれとなった。 『姿は良くなっても、心は醜いままのようね』 いつかある女が哂った。 どんなに取り繕っても魔獣は醜かった。 姿も心も醜い生き物だった。 殺してばかりの。壊してばかりの。奪ってばかりの。憎んでばかりの。 醜い、醜い、醜い、生き物だった。 (しかし、私が見てきた人間達だってそう変わらない) 同胞同士で殺し合ってばかりの。壊し合ってばかりの。奪い合ってばかりの。憎み合ってばかりの。 醜い醜い醜い醜い醜い生き物だった。 瀕死の魔獣の目の前で、青年がゆっくりと大剣を振り上げる。魔獣は静かに目を閉じた。 (どうせ私を殺しても、我が軍勢が滅んでも、何も変わらない) (人間は憎みあい、魔獣を生む。そしていつか繰り返すでしょう) 刃が魔獣の躯に沈み込む。 (・・・何度でも。負の連鎖を) 〈つるぎをとるひと〉―青い髪の剣士 青髪の青年は、魔獣が完全に息絶えた事を確認すると、剣を薙ぎ血を掃う。 つい先程まで煮えたぎっていた心がスウッ・・・と冷めてゆくのを感じながら、剣を鞘に収めた。 ――大切だった人々の、愛していたのかもしれない女性の仇討という大儀の名の元に自分は多くを殺してきた。 けれど、今は―― 「「カイン」」  「「アベル」」 その名を呼んでくれる仲間がいるから。同じ傷、痛みを分かち合える友がいるから。 自分を殺し、罪を刻んだその名前を呼び受け止めてくれる者がいるから。 俺はまだ戦えると。そしていつか、いつかこの戦いは終わると信じられる。 もし、真に平和な時代が訪れたとしたら――『その時はどうか、この負の連鎖を断ち切ることができていますよう』 ふと頭を掠めた思いを、柄にもない、と振り払い、彼はまた剣を取る。 〈もしもせかいがかわるなら〉―どこかの誰かの客観論 醜い生き物として生まれてきて、本能のままに殺戮と破壊を繰り返し、忌み嫌われながら死んでいく。 この世の憎悪を一身に背負って生きるなんて、気が付いてみればそれはとても、 とてもむなしい、かなしいことではないのでしょうか。 願わずにはいられないのです。負の連鎖の断ち切られた世界を。 〈裏側・しあわせなこども〉―花の名の娘達 こんな形で終わってしまうなんて。 ―そう思いました。いえ、今でも思っていない訳ではないのです。 貴方を支えることもできず、思いを伝える事すらできなかった。 むしろ優しい貴方を傷つけ、悔やませてしまった。変えてしまった。私の死によって。 でも、でもね、カインさん。私は幸せでした。 こんな世界だったけど、貴方と出会えて。貴方と過ごせて。貴方に、泣いてもらえて。 ―死して尚、いえ死んでこそ、貴方の中に私を刻み付けることができて。 争いの耐えない世界だったからこそ。私が殺されたからこそ。奴らが醜く憎み甲斐のある生き物だったからこそ。 自分勝手な女と思うかしら。私は、幸せです。 ◆投稿者のコメント◆ ものすごくシリアスで殺伐としていて怖い雰囲気のfreejiaが書きたかったのがこの有様です。 本当にすみませんでした。後、魔獣と魔族の生態についても間違えたような気がします。 本編ストーリーにも矛盾しています。本当にすみませんでした。 せめて皆様の作品のパセリ的な存在にしていただければ幸いです。 ◆企画者のコメント◆ 聖魔か魔獣が産まれると言われているアリードの卵。 あの卵から魔獣を産みだし、少なからずも犠牲になった者達がいます。 大切な人を失ったカインの心の中には、あの忌わしき魔獣が、 そしてあの女性がいつまでも存在していることでしょう。 カインの悲痛の叫び、そしてアイリスの願いが強く伝わりました。