◆FREEJIA -遁逃の果てに-◆ 戦士  歴史から名を消したはず戦士が、冷たい雪を踏みしめ、足を進めていた。  戦士は以前、贖罪のために自分の名から逃げだしたのだ。そのときには、たくさんの周囲の人たちに協力をあおいだ。  実際彼の友人たちは、いつも協力的だった。彼が将軍という立場にありながら、母国の運命より贖罪を優先しても、まわりの人間は首を横にふることはなかった。決して彼の個人的事情を否定することはなかった。  しかし彼は、そんな周囲の人間の優しさに気づいていなかった。このところ、いろいろあったので、まわりにちらりとでも目を向ける余裕などなかったのだ。  彼は散々な目にあい続けていた。彼はとても疲れていた。あまりに疲れたので、自分という存在から逃げることにした。そんな道しか自分には残されていないように、彼には思えた。 鳥  冷たい空に、ブーメラン状に編隊を組んだ渡り鳥たちが進んでいた。この季節には、決して珍しい光景ではない。  彼らは他の同族たちと同様、季節に合わせて世界中を飛び回っていた。といっても不規則にふらふらするのではない。本能の力によって決められたルートを正確にたどるのだ。この伝統ははるか昔から、人間たちが地上に無意味な境界線を引く前から続いていた。  この伝統をやぶることは死を意味した。確かに世界中を飛び回るのは楽な仕事ではない。しかし大自然は、楽をしよう、苦難から逃げようとする者に対して、命に関わるような制裁を加える仕組みになっている。  だからみんな、決死の覚悟で翼を酷使していた。やがてやってくる季節の波が、背後に襲いかかろうと迫ってきているのが、彼らの背中にも感じられた。  だがその中で一人、どうにも周囲の空気が読めずにいる者がいた。だがそれも無理からぬことかもしれない。彼はいつも、そうやって自分の世界に入ってしまうことがあった。まわりの仲間達は、もうそれになれっこになっていた。  だがいつまでもそうやって同情しているひまはない。彼らの旅は眼下の景色を眺める余裕さえないほどに急を要するものだった。  それに、このさきには巨大な山がひかえている。その山を越えなければ、目的の場所にはたどりつけない。山を迂回して回り道をするという手もあるが、それでは充分な食料もない雪原を長い間さまようことになる。それだけは願い下げだった。 狩人  白いひげをたくわえ、禿げ上がった頭に帽子をかぶり、弓矢を背負った狩人が、真っ白に染まった森の中を進んでいく。狩人はときどき足をとめ、周囲に聞き耳をたてた。  最近はとんと調子が出ない。それというのも、ここいらにオオカミなどの肉食獣が増えてきたためだ。連中が狩人の獲物を食ってしまうので、狩人はなかなか収穫を手にできずにいた。  だが唯一、連中に邪魔されずに狩れる標的がいた。鳥である。空を飛ぶ鳥なら、やつらも手を出せない。とくに渡り鳥というやつは、めったに地上に降り立たないもんだから、連中の餌食になることは少ない。もっとも、渡り鳥は非常に高度の高いところを飛んでいるので、おもいきり弓をそらせなければ矢が届かないのだが。 戦士  雪山を歩いていた戦士は、自分が迷子になってしまったことに気づいて唖然とした。  確かにここは、さきほど自分が通ったはずの道だ。また同じ場所に来てしまった。それはつまり、道に迷ったのだ。戦士はため息をついて、また雪山をさまよいはじめた。この山の名物である竜とは、できれば出会いたくない。自分はそれなりに実力もあり、特別な技も多く心得ている戦士だが、道に迷って疲れ果てた状態では、さすがに勝てるかどうか分からない。  彼は一度足をとめ、耳をすました。魔物の声がきこえる。彼は身震いした。いつもの自分ならいくらでも追っ払う自信があるが、疲れた体で何度も相手をしているとさすがに消耗してしまう。手元にある救急用の包帯や消毒剤は、全部合わせても彼の片手の指よりも数が減っていた。なるべくはやく、この山から離れなければ・・・そう考えたとたん、すぐ近くでいやな気配がした。相手がこちらに気づく前に、戦士は剣を抜いた。  つもりだった。  あっという間に、彼の冷たい体が地面に叩きつけられた。  まずいことに、彼の相手はただの魔物ではなかった。この山の名物である竜だった。こんなに大きいものがすぐ近くにいたのに、さっきまで気づかなかったとは。戦士は剣をギュッと握り締めた。指先が白く変色する。  次の瞬間、彼は愕然となった。二頭いる!確かふもとの村では、普段は単独で暮らしていると聞いたはずなのに!もしかしたら、旦那とその連れだろうか。  強大な竜二頭に対し、彼はたったの独りだった。 狩人  狩人はじっと、寒い空を睨みつけた。素人には何も見えないように見えるが、彼には空をとぶ渡り鳥の群れがしっかり見えていた。「く」の字型に並んで飛んでいる。おそらくこの北にある山を越えにいくところなのだろう。  よく見ると、一羽だけきちんと並んでいないやつがいる。飛び方もなんだかおかしい。  彼はその一羽が一番狙いやすい標的だとみてとり、狙いを定めた。  矢をつがえると、思い切り引いた。渡り鳥の「く」の字にも負けないくらいに、弓がしなったかと思われた瞬間、弓が元の形状に戻る音と、矢が空気を貫く音がした。もう弓はもとの弓なりに戻り、矢は消えてなくなっていた。  そしてわずかにずれたタイミングで、一羽の渡り鳥が飛ぶ方向を変え、地表へとまっすぐに、しかし力なく突撃していった。 戦士  戦士はまたさまよい出していた。二頭の竜のうち一頭(おそらく雌のほうだろう)を殺すことには成功したが、他方は翼を傷つけただけに終った。飛べなくなった彼はそそくさと地を這って逃げ出したが、妻を殺された竜と目が合った戦士は、竜を見逃すことにした。  だが当の戦士のほうは、生き残ることには成功したものの、相手と同じくらいの痛手を負っていた。竜のように自由を奪われたわけではないので、どうにか歩くことができるのが不幸中の幸いというべきか。しかし、彼が大きく体力を消耗し、後々致命傷となるであろう傷を頭部に負ったのも事実である。彼はその事実を受け入れられず、取り乱していたが、一瞬でもはやくこの山から逃げ去ることにした。また別の竜に出会いでもしたら、歴史からだけではなく、この世からも本当に名を消すことになる。今の彼なら、最も弱い魔物にも殺されてしまう自信があった。  彼が這うように歩いていると、沢が見えてきた。川は上から下へ流れるから、この沢を下れば山から降りられるかもしれない。そう考えて、彼は沢を下ることにした。 鳥  仲間の一人がいなくなっても、渡り鳥たちは無関心だった。むしろ、ホッとしてさえいたかもしれない。  だがいなくなったその仲間は、人間の放った矢のせいで死したわけではなかった。彼は疲れのあまり、わざと貫かれた振りをして、力なく急降下したのである。  他の仲間達もそれに気づいていたが、見て見ぬ振りをした。いちいちかまってはいられなかったのだ。なにせ、この旅のすぐ先には、文字通りの山場が待っているのだから。 戦士  もう何日、何ヶ月も沢を下ったような気がしたが、まだ日が暮れていないのだから、そんなはずはない。それでも、まだまだ下界は先のようだった。戦士はため息をついて、また沢を下りだした。  下る途中でふと目を上げると、向こうに大地をナイフで切り取ったような断崖が見えた。あまりの光景に、自分が道に迷っていることも忘れ、しばしその崖に目を奪われる。  とそのとき、彼は目を疑った。崖の上になにかいる。彼は全神経を研ぎ澄まして、その崖に視線を向ける。  あのときの竜がいる。あんなところで、何をしているのだろう?  だがそう思ったのもつかの間、彼は竜が何をしようとしているのかを悟った。次の瞬間、彼は反射的に叫んだ。だが彼の停止命令はそこらじゅうにむなしくこだましただけだった。結局竜は、崖下に身を踊らせた。  無駄を承知で彼は駆け出したが、不覚にも足元に注意を払うのを怠ったため、沢に足を滑らせてしまった。彼は地面に伏せたまま、恐ろしいほど奇妙に、ゆっくりと落ちていく竜を、眺めていることしかできずにいた。 狩人  狩人は当惑した。どこをどう探しても、この鳥には矢が当たったような形跡が見られないのだ。しかしその鳥は、殺してくれと言わんばかりの目で、狩人を見つめている。  どうしようもなくなった彼は、腰にあったナイフを取り、鳥を傷つけて殺そうかとも思ったが、獲物を包む風呂敷が汚れてしまうのを嫌ったので、首を絞めて殺すことにした。  一言も声を発せず、黙って死を迎えたその鳥を、暗緑色の風呂敷に包んで背負うと、彼は弓をとってまた歩き出した。 戦士  戦士の足に激痛が走った。もしかしたらこれは折れているかもしれない。立ち上がることもできず、また歩き出すこともできなくなっていた。  彼は子供のようにしゃがみ込むと、力なく空を仰いだ。少しずつオレンジ色に染まっていく空を背景に、渡り鳥たちの群れが飛んでいくのをぼんやり眺めながら、さっきの竜のことを考えた。あの竜はなぜ飛び降りたりなどしたのだろう?実際、あのような魔物ごときに、自殺という選択肢を思いつくほどの知性があるのには少し驚いたが、連れを殺されて飛べなくなったくらいで飛び降りるというところは、やはり愚かな魔物らしい。だいたい、自分がせっかく見逃してやったのがばかみたいじゃないか。  ふと見ると、すぐそこの今にも倒れてしまいそうな大木の根もと付近に、あたりの雪と同じような乳白色をした一輪の花が咲いているのに気づいた。  なんという名前だったろう、あの花は。どこかで見たことがあるような気がするが、どうしても思い出せない。もっとその花をよく見ようとして、彼はその大木の根もとに這っていった。だがその花は、まるで彼を拒絶するかのように消えてなくなってしまった。  これだけ寒いところで蜃気楼がおこるなんて、聞いたこともない。ましてやこんなすぐ近くで、花だけがきれいさっぱり消えてしまうなんて。  あまりの疲れに幻でも見たのかと首をかしげたが、すぐそのあとには疲れのあまり、そんなことどうでもよくなって、その大木にもたれかかって目を閉じた。 戦士  聖なる国の元司令官に向けて構えた、錆に包まれてぼろぼろになった剣から、じゅうじゅうと音を立てて青草が生え出した。ぎょっとなって剣を放ったが、青草はポチン、ポチンと白い花を咲かせはじめた。剣を握っていた戦士も、敵も、突然の出来事に怖れおののいている。  だが戦士は、ふとその花に元気付けられたような気がして、剣をもういちど敵に向かって身構え、敵に渾身の一撃を振り下ろした。あれだけ剣が錆きっていた上に草花のせいで斬りにくくなっていたにもかかわらず、敵は絶叫をあげて掻き消えた。  戦士は自分の成し遂げた偉業に喜び、思わず歓喜の叫びをあげた。  彼はしゃがみこむと、改めて邪魔な草花を剣からすべて抜きとることにした。彼は最初に目に付いた花を指でつまんでむしり取ると、花はプチリと悲鳴をあげて剣に別れを告げた。  彼はぎょっとなって手を止めた。むしり取った花が何かささやいたのだ。なんと言ったのかはよく聞こえなかった。  その時、剣に抱きついていた白い花も青い草も枯れはじめ、最後には剣から手を離し、秋の枯れ葉のように落ちてしまった。ちょうど生え出したときと同じく、じゅうじゅうと音を立てながら。  そして、剣の身から出た錆が刀身をむしばみ、ついにはぽろんっと力なく折れ、カーペットに墜落した。  折れた刀身はカーペットに触れたとたん、粉々に砕け散った。 戦士  戦士が目を開けると真っ先に飛び込んできたのは、壁に自慢げにかかっている弓と、ほうほうとともるランタンの炎だった。その炎は優しく踊りながらも、中心部でジジジといやな音をたてて、灯心を焼いていた。ふと足を見ると、包帯のような物が巻いてある。竜と戦ったときに傷ついた頭の傷が、ぐらぐらと揺れていた。  突然彼の視野の中に、ぬっと顔を出してきた者がいた。白いあごひげに禿げ上がった頭。見たこともない顔だ。その老人は彼に目覚めたかどうかきいたが、彼は返事もできないくらい疲労困憊していた。老人は彼を励ますと、食事をつくりに行くと言って部屋の向こうに行ってしまった。なんでも、今日狩りのときに狩った鳥を料理してくれるらしい。  彼はそっと窓の外をみた。窓の外はすごい吹雪だ。老人に助けられなかったら、真っ白な雪に押しつぶされて命を落としていただろう。  彼はまた眠りにつこうと目を閉じたが、数秒もしないうちにまぶたを開いた。ここで眠ったら、あの不吉な夢の続きを見せられるような気がしたからだ。 戦士  彼を責めるように窓を叩きつける吹雪は、いつまでもやむ気配を見せない。 ◆投稿者のコメント◆ 実は書き上げてから何年も経つ物を校正したもの。ぶっちゃけすっげぇ懐かしい。 カインの心境にとことんスポットを当てて描いています。 ある意味でFREEJIAの本質ともいえる「ギャグ」要素が一切ないですんが、大丈夫ですよね?(笑 以前から公式サイトに投稿しようとは思っていたんですが、タイトルに悩んだり投稿するタイミングを計りかねたりしてて、そのままパソコンの中で眠らせっぱなしになるところでしたが、このままお蔵入りにするのはくやしくなってきまして。 結局ものすごい昔の作品を公開するハメになってしまいましたが、こうして陽の目をみせてやれてよかったと思います。 悩んだ末に決まったタイトルは“FREEJIA -遁逃の果てに-”ですが、どうでしょう?ダサいかな? 原作シリーズのタイトルの雰囲気を残しつつ、カインの寂しさを表現できるように、と考えてつけました。 この小説では、主人公の戦士を含め全ての人物、地名、クリーチャー達の具体的な固有名詞を挙げるのを避けましたが、だいたいの物には設定はあります。ほとんどがゲーム本編にも登場したものなので、ゲーム本編を何度もプレイした方ならピンとくると思います。 ですが名前を伏せることによって、結果的にゲーム本編をプレイしたことのない方にも「一人の戦士の受難を描いた小説」として読めるようにもしています。 カインの罪悪感が表現できているでしょうか。それが伝われば幸いです。 ◆企画者のコメント◆ 会話表現を一切使用せず、全て情景描写で構成されています。 ただただ文章力の凄さと全体の構成力に驚かされました。 「聖なる国の元司令官」「白いあごひげに禿げ上がった頭」といった キーワードなどから、どのキャラなのかを想像できるという 楽しさがあるのも良いですね♪